山上庄一でございます。


このたび宿毛のまちづくりと未来について、わたしの考え方を述べさせて頂こうと思います。


皆さんは、宿毛市 の現在の人口は、何人になっていると思いますでしょうか?


現在の宿毛市 の人口 は、2万3千人を切っている状況になっております。


以前、私どもの学生の頃は、4万人に近い人口がおりました。小学校でもそのように習っておりました。

それが、ここ40年ほどで人口が激減しているといってよいと思います。


この数字だけでも、活力が低下している、ことがうなづけるような気がします。

活力の源泉であります人口規模が小さくなってきております。

では、なぜ、減るのか、ということを考えますと、いろいろな要因があります。雇用の場の問題、教育の問題等々、 ありますが、それでも、宿毛ではもっと重大な欠点があるのではないかと思うことがございます。


例えば、竹下内閣の時代に、ふるさと創生 、ということで、一億円が各自治体に交付されました。その使い道で、宿毛市では、大島に桜の木を植えております。


この決定を見て、宿毛では人口が減るべくして、減っていると思った次第です。


非常に、安易に物事を決めているということです。

なぜ、桜なのかと、宿毛市役所の行政の方に聞いたことがありますが、その答えが、宿毛は日本で一番早く桜がさくからだ。ということでした。


しかし、桜の開花は、その年の気象条件等で、九州になったり、本州になったりしたこともあります。一度や二度、宿毛がなったからといって、そのことを理由にして、桜を植えるというのは、非常に短絡的あると思います。


植えるのであれば、もっと戦略的なことを考えて行うべきであると思います。


例えば、果実のなる木などでも植えて、その果実を加工して、宿毛の特産品を造るという、ところまで考えてやるべきではないかと思います。そうすれば、加工の為の雇用の場も創出できたのではないかと思います。


一村一品運動で有名な、大分県の、 大山町 では、40年以上も前に、「梅、栗植えて、ハワイへ行こう」というキャッチフレーズで、見事成功しています。


全国でも、パスポート取得率ナンバーワンになっています。手間がかからず、収益性が高いものを選んでおりまして、各農家も収入が増加して、街全体が豊かになって、ハワイにもいけるようになった。ということです。


また、徳島県の 上勝町 では、葉っぱを売って商売をしています。最近では、若者が帰ってきて、人口も増えているようです。アイデアで勝負している訳です。




このように、次につながるアクションが求められるところですが、残念ながら、宿毛市では、それがなくて、桜の咲く時期は、せいぜい一週間程です。そのために、維持管理費が嵩んでいる状況ではないかと思います。いかにも短絡的すぎるように思います。


このような事例からも、宿毛市の人口は、減るべきして減ってきたといっても過言ではないと思います。単に、人材供給地域になってきたのではないでようか。


それでも、いつまえも続く訳ではありません。やがて、排出できなくなってくると思います。




私し自身のことになりますが、宿毛を離れて、30年~40年近くになりますが、以前、宿毛に対しては、室生犀星の「故郷は、遠くにありて思うもの・・・」という詩(うた、し)がありますが、そのような感覚でおりました。しかし、もうそのようなノスタルジーだけで語ることは出来ない状況になりつつあるように思います。


盆、正月だけではなく、何かことあるごとに帰って来ておりましたが、活力がなくなっていることを感じておりました。


もう「故郷は、遠くにありて、」などとは言ってはおれないような状況になってきており、このままでは、市内の各地区が限界集落化して、やがて集落が無なってしまうのではないかという危機感を持つに至っているところでございます。


私は、これまで、都市計画 等で、コミュニティ の勉強もしてきました。また、大学で学生に講義をする機会などもあり、一緒に勉強をしたことがありました。


その行き着くところと、やはり、故郷の宿毛が一番であると再確認しているところでもあります。


それは、身近に気心が知れた、人々がおり、また、かけがえのない兄弟や同級生などもおりますことから、気が安らぐ場になっているということです。


これまで、いろいろ、まちづくりを見てきました。

しかし、チルチル・ミチルの「青い鳥 」のように、求めるものは、実は身近にあったというのが実感です。


モノ心ついたときから。というよりも、母親のお腹の中に居る時から、すでに、聞いていた、祭りのリズムや盆踊りの太鼓など、多分、自分自身のDNAの中にまで浸透しているのではないか、というような気がしております。


それでも、メーテルリンクの「青い鳥」の結末は、原作では、青い鳥は身近にいた。しかし、気づいた時には、遅かった。というものです。


宿毛市の、先に申し上げました、良いところも、気づいた時には、もうなくなってしまい、気づいた時には遅かった。ということがないように、今、手を打たなければならないと思います。


本当の意味で、「一生を託すに足りるまち」にしてゆかなければならないと思っております。

その意味からは、かつての新田はなくなり、新たな宅地や道路を造りましたが、このような道路線形でよかったのか、また、景観的にももう少し工夫が必要ではなかったかと、疑問を感じております。




そこで、また、一つ例を上げさせていただきます。

それは、感陽島公園の整備の仕方です。

最近では、だるま夕日 で、かなり知名度も上がっておりますが、その、風光明媚な景観を、台無しにしている整備が行われております。


自然堤防は、コンクリートで包まれ、景観の構成上、大切な防風林は伐採されております。そこに、あろうことか、ビーチバレーのコートなるものが造られております。


一体、誰が使うのでしょうか。まったく、首を傾げたくなるようなモノがつくられております。

これも、桜を植えたときと同様の構図で決定されたのではないかと思います。


それでも、市民の皆さんのニーズがあって、利用の頻度も高く、そのために、市民が健康になった。というのであれば、それは、それなりに、投資効果は高いものになると思います。しかし、そうではありません。


とんでもない、無駄なことをしている。としか思えない、ということです。


ましてや、観光資源にもなりえる、景観 を台無しにしているところに、なにかやりきれないモノを感じます。

やはり、「あるべきところに、あるべきものがある」ということが大事であることはいうまでありません。それが、歴史の記憶でもある訳です。


現在の宿毛市制には、何が、重要で、何がそうでないのか。という優先順位があいまいになっているのではないかと思います。多分、一次が万事であろうと思います。

やはり、物事の優先順位を明確にしなければなりませんし、前に述べましたようなことは、是正してゆかなければ、ならないと考えております。


そのためにも、市制に関わらさせていただき、宿毛市の向かう道筋を正していかなければならないと思います。

本当に、皆さんの一人一人が、一生を託せるまちにしたいと考えております。