「魔法の呼吸テクマクマヤコン」という呼吸法で
こころと身体を整え 不調を改善し
女性が元気で若々しく輝き そして
自分を好きになるお手伝いをしています![]()
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母の死から、日常的な事ではない
一人っ子が初めての経験に戸惑うことばかり…
人が亡くなると、こんな順に執り行うんだと学ぶことも多く
記録に残そうと思い、しばらくはこのような内容の投稿になります
母を施設へ送ってから3年が経ち
数えるほどしか会えないまま、母は天国へ行きました
先日施設へ、最後の料金を支払いに行きました
施設での写真を頂きたくお願いしていたので
USBに母の写真を入れてもらいました
「懐かしい」笑った母の姿がそこにありました
「母の86年間は幸せだったのだろうか」
最後の3年間は家族と離れ、施設での生活が母の全てでありました…
昔は家で、家族に看取られ亡くなっていくのが当たり前のことでしたが
今ではそれも難しくなりつつあります
最期の看取りを誰がするのか…誰かに頼むのか…
最期は自分はどうしたいのか…
延命処置は行うのか…
元気な時にノートに意思表示をしておく
これが残された家族にとってはとても有難いことになります
2人の息子たちは離れて暮らしておりますが
かつて側にいたばあちゃんが亡くなり、骨となり
もう姿も形も無いことを、深く感じ取ったのではないかと思います
息子たちは、初めて見る人の最期でした
遺影写真を選んでいるときに、母の学生時代の写真が出てきました
アルバムの写真の後ろに、その時の日付と、行った場所が記載されていました
恐らく母がお嫁に行く時に
父親がアルバムに入れて持たせたのだろうと思います
末っ子の娘でしたので、可愛がられたのではないかと思います
バラになった写真が一緒に入っていたので
新しいアルバムを用意して、整理し直そうと思っています
母が亡くなり2か月が経とうとしますが
私にとっては長い長い月日でした
まるでドラマのようでした
想像もつかない位に、多くの出来事があり
多くを決断しなくてはならなく
そして決断して来ました
一人っ子ですので、相談する人がいないので
何でも一人で調べて決めました
今思うと、子どもの頃から一人で決める事が当たり前だったような気がします
兄弟がいたなら、心配、不安も分け合い
だいぶ楽だったろうと思います
そう…年老いた親のことは
一人で何でも背負わなければならず
苦しい事が多かったです
ここまで無事に執り行うことが出来て
本当にお疲れ様でした
良くやりました!
自分を褒めてあげたいと思います![]()
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もうすぐ初盆となるので
これが終わったら、少しのんびり出来そうです![]()
