敬愛する内村さま

敬愛する内村さま

内村さんとその仲間たちを見れるだけで幸せ満点な管理人の戯言

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やっぱこれなんですよね!これ。

解ります?ファンが求めているのはまさしくこれだというコノ感じ。

ウンナンはね。やっぱり、ナンチャンが輝いてこそ、ウッチャンも引き立ちコンビとして成り立つんだなぁ。

とね。実感しました。「笑う犬2010寿」良かったですね。夢見心地です。ハイ。

ナンチャンはね。最近自身を失っている部分があるんじゃないか?と思ってたんですよ。

ファンなら分かると思います。あの性格ですからね。強気のようで繊細なんですよね。

兄貴は。ネプリーグ見ても、けっこう博識なはずのナンチャンがめちゃめちゃでしたからね。
ああいうところが憎めなくてナンチャンらしくもあるんですが・・・。

有吉と糸井さんの対談でこんな風な会話があったんですが

「売れてないと(求められてないと)発言できない。気付いても自分が言うことじゃないいんだって、気付かない振りをしなくちゃいけない」

ナンチャンが本調子じゃないのは求められていないと感じているのではないか?とちょっと心配だったんです。

だってなんせ繊細(?)な方ですから。

でもね。やっぱりウンナンとしてがナンチャンが必要なんですよ。

ご覧になられました?笑う犬。ナンチャン素晴らしかったですね。あの舞台役者。

あの表現力。ナロスも良かった!!!。あ~ナンチャン。あなたは影でこんなにも腕を磨いてらしたんですね。

もっともっとこんな風にウンナンを生かせる場を!ファンのためにそして、ウンナンのこの素晴らしさを知らない世代にも教えてあげたい思いに駆られたのでした。

だって、ウンナンの世界を見る視点はなんて温かい。

ウンナンの「コント一生懸命やってます的な姿勢がいや」という方もいるようですが、それは好み。私にはそれがとても心地いいんですよね。

ネプチューンも清潔感があってウンナンの世界観に馴染みます。

笑いは色んな形があってよいとは思いますが私はこのウンナンの世界観がとてもとても好きなのです。

そしてそれにはやっぱりというかどうしてもナンチャンが必要なのです。




イロモネアのシステムってどう思われます?

私はなかなか一般受けは難しいんではないかと思うんですよ。

なぜなら、あの形式にマンネリ化が生じてきたこと。

それと出る芸人さんの才能によって面白さが大きく違って来るのにもかかわらずレギュラー化に伴い出る芸人さんの質が下がってしまったこと。

もちろん今まで知らなかった芸人さんの面白さがあったり、知ってる芸人さんでも違う魅力を発見したりとそれなりにおもいしろさはあるのですが、その面白さにあたる割合が減ってしまったのだと思うのです。

もっとウンナンが前面に出てそれをフォロー出来る体制になれば少しは違うのでしょうけどね。

それでも今回のスペシャルは総合的に大満足でした。

設楽さん、有田さんの組見合わせも新鮮。

日村さんの志村さんものまねでも大爆笑。新たな魅力発見しました。

柳原さんのいらっとくる人間のコントは受け付けなかったのですがガリガリガリクソンのものまねは芸に対する潔さを感じて見直しました。

関根さん軍団もおもしろかったし、リアクション軍団も最高!あの組み合わせは卑怯ですらある。

と書ききれないほど見どころは多かったのですが、

やっぱり、ザ、テルヨシ&ウドが一番の楽しみなのでした。

そこでまた衝撃を受けたのは想像以上のウッチャンのお笑いに対する反射神経。

物ボケでウドがシンバルをお皿に見立て「どいて!どいて、」と仲居さん的なことをやると

後ろで見てたウッチャンすかさず「椿の間~椿の間」と料理の載っている机をもって運んでいるしぐさでウドの後ろから続く。

あのウッチャンの完璧な仲居さんの仕草でウドのやっていることの意味を悟った人も多いのではないだろうか。

それほど、ウッチャンのかぶせは素早くて的確。まるで昼どらのひとコマを見ているようだった。

今度はのウドの終わらないかめはめ波からのウッチャンの終わらないドラえもん。

発想力と瞬発力、そして表現力とウッチャンの際限のないお笑い戦闘力に戦慄さえ覚えた今日この頃でした。

そうそう、ウッチャンの魅力はそんなお笑い能力の高さもですが実は緊張しまくっているところですよね。

今回はあまり解りませんでしたが独りで出た時のウッチャンの手の震えはなんか心にきました。

そこまでして出る意味をね。

その立場にいても常に挑戦を忘れない。

でも単に勇敢な訳でもなく震えるながらもそれでも挑戦せずにはいられない意味をね考えるとね、なんて人なんだと。

本当に尊敬せずにはいられない好きにならざる得ない人です。













内村さんってすごいな。

と思うことたびたびなのだけれどまた富士さんでの内村さん。

司会でもなく、コントでもない。

富士山を登るという過酷な仕事。

いろんな芸人さんはいるけれども、こんなにも己を色んな面から魅せて成り立たせることのできる芸人さんは一握りなんだろうなと強く思う。

しかも、それぞれの面が際立っていて別人に見えるほどのクオリティ。

ファンとして戸惑ってしまうのもこんな時。

もちろんすべての面の内村さんが大好きなのだが、あまりにその表情が違いすぎていったいどの顔が本来の顔であるのか実態が掴めなくなるのだ。

表現するとそれはあまりにも透明でなににでも染まる。
己を自在に変えその場その場で一番理想的な形で視聴者に提供する。

そんな風な表現を使っていたのは高須さん(ダウンタウン松本さんの作家さん)だったと思う。(見て書いてないのでこんな感じというだけでちょっと違うと思いますが)

ウッチャンを思うたびあまりにもその表現がぴったりで思い出してしまう。

冬の富士山の過酷さは映像からそしてウッチャンの消耗具合からも充分伝わってきます。

ひとつ間違えばどうなるのかも急な斜面から怖いほどわかりました。

それでも、内村さんから口をついて出る言葉は愚痴のようでどこかユーモアを忘れません。

美しい朝日ももちろん美しかったのですがそれ以上にその成功にスタッフに感謝する言葉のひとつひとつが美しいですよね。

こんな過酷な目をあわされてもそんな課題をもってきたスタッフに恨み事を言うことないばかりか感謝する。

そんな人を信頼しない人なんていないでしょうね。

内村さんを見ているとたまにこの方がすごい一流の芸能人だということを忘れる事があります。

それは親しみやすさと謙虚さ。だって山小屋の部屋と食事。

あんなに大喜びする芸能人。
いまどきレッドカーッペット芸人すらいないんじゃないか?

と同時に鳥肌が立つほどの才能を感じる時もあります。

例えばそれはイロモネアにて(次に書きます)