今になって、愛猫ヒメの正式な生まれた日を、計算しました。

すると…やはり。

尾崎豊さんの命日、、、4月25日がヒメの誕生日になる。

先日行きましたよ。

4月3日(日)、ある場所で、ヒメは眠ってる。

合同慰霊祭、ヒメに初めて、お経をあげれたと思いました。この日は、新月です。

ヒメは…新月に逝き、新月に私はヒメに呼ばれ、合同慰霊祭に来た気がします。この日も、新月。
外は、桜が咲いていました。きれいでした。
ヒメの誕生は、桜とともに在ること。

ヒメが今もいとおしい。この手がヒメの手や頭やすべての感触を覚えている。
このこころに、ずっとずっと…抱いて命果てるまで、生きてく。
ヒメのお骨を、2011.2.27 香川県 ペットメモリアルパークへ納骨しました。高台の山の上。桜の咲く時期には、ヒメは桜の匂いを嗅ぐことが、出来るだろう。
ヒメの納骨の前日の夜中、私は、ヒメと離れてしまう寂しさから、大泣きした。涙が止まらなかった。普段、どんなに辛いことがあっても、歯を食いしばり泣くことのなかった私である。
そして…納骨をしにいったとき、お守り袋があった。 聞いたら、お骨を入れて御守りにするものだという。
そこで、小さいその御守りのキーホルダーに、ヒメのお骨を少しだけ、入れて頂きました。
ヒメにいつも噛まれてた、牙を入れてくれました、必然かな。それから…私のこころが楽になったように想います。ヒメといつも一緒だということ。ヒメがいなくなってから、やはり魂は、そばにいることを知ってました。でも、もう抱きしめることも、撫でてあげることも、モフることもできない、それが悲しかった。前夜の日、泣いて泣いてまだ涙が溢れて止まらなかったとき、いつものお薬を飲んだ。しかし、眠れないどころか、記憶が定まっていないし、とぎれとぎれの記憶。
後悔していたことがあった。あの時、無理に辛そうやからといって、注射したりしなかったら、ヒメは、もっと生きられたんじゃないか、とか、色々頭をよぎり、自分を責めた。
そして…ヒメが逝ったときも、何を思ってもしなかった、リスカをしてしまった。
よけい苦しくなった。
何年も前、私が信じてた友人に究極な裏切られ方をした時、リスカが止まらなかった時期がある。泣きながらリスカして、血まみれになっている反対の腕を、わざわざ寝ていたヒメは起きてきて、私の腕を軽く噛んだのだ。その後、寄り添うように私の横にピタッと座り、リスカした腕をヒメは、じっと見つめた。あの時、想った。
ヒメは、私の辛さや悲しさを解っていたのだ。だから、そばに来て、やめろ、と言いたかったのだろう。私にひっついて、すりすりしてくれた。
リスカをする度に、私にくっついてきた。ある時は、リスカをした腕を舐めてくれた。
喋れなくても、私のこころの中を解ってくれたヒメだった。
そんな、ヒメは、私がリスカしたら悲しむだろうと、次はもうしないから、と写真に向かって言った。今でも覚えてる。
私が本気で苦しいとき、ヒメは、私を放置しない。かまってくれる。ときに寄り添い、頭を舐めてくれる、頭にすりすりしてくれる、愛情の深いヒメだった。宝である。


49日が今日です。ヒメが逝ってから、まだ1ヶ月と少しかな?

昨夜、ヒメのお骨入れを、抱きしめた。
ヒメが本当に、この手から離れていってしまうようで、寂しくて仕方なかった。

精神的に振り子のように、振れまくり、泣きに泣いてしまいました。
おまけに、薬が入っていたため、あの時、もう少し、あーしてやれば、、こうしてやれば、、もしかしたら、もっと生きれたかも知れない。

私は、自分を責めた。責めても責めきれない。後悔は、残った。

自分を責める、久しぶりの行為をしてしまった。
ヒメ…こめんね。
魂の一部を引き裂かれそうな想いだった。

過去の思い出にするには、まだ、時間が早すぎた。私の中で、ヒメは実態はなくても、まだ納得が行けてなかったみたいだ。後日、続きをUPします。