久しぶりに浮上しました、ヌンヌンです。
今日で震災から5年が経過しましね。
私の地元・宮城県気仙沼市でも震災の追悼式が開かれ、震災で犠牲になられた方々へ黙祷を行いました。
私は当時小学6年生で、一週間後には卒業式を迎えようとしていました。
でも、クラスのみんなで卒業制作を作っていたとき、地震は来ました。
先生が机に潜れ!と私たちに言いましたが、揺れの大きさへの驚きと家族や知人の安否の心配に耐え切れず、クラスのみんなが泣いていました。
母が学校に迎えに来て安心したものの、家から海の方を見ると大きな船がものすごいスピードで横に動いているのが見え、あまりの恐怖に震えあがりました。私の家は海から離れた高台にあったので非難は不要でしたが、第2波では家の下まで水が来て、自分の家も無くなってしまうのかなと不安な気持ちでいっぱいだったことを覚えています。
その後、家の浸水は逃れて安心していると、今度は大川の向こうから火の手が上がり、私の友人の通っていた小学校を含む地域が燃えていました。このときは本当に怖かったです。
2日経つと、曽祖母が海の近くの介護施設で亡くなっていたことを聞き、ずっと泣いていました。
何もかも突然すぎて、何もすることが出来ませんでした。
5年たった今、未だに復興は完了していません。
復興という言葉の意味は、以前よりさらによくすること。
被災地では、以前の町の状態でさえ取り戻していません。
仮設住宅から通っている同級生、まだ家族が見つかっていないという友人、被害を受けた人々はたくさんいます。しかし私たちは、亡くなった方々の分もたくさん生きなければなりません。
ひとりひとりがもっと幸せになるために努力する、これが残された私たちのやるべきことだと思います。少しでも早く復興できるように、地元に貢献していきたいです。