いや、違う!焦る気持ちの中、冷静に自分の記憶を深く掘り起こすと、テホに会って甘い時間を過ごしている夢を見ていたんだ。

「抱いて」ってテホに言ってたんだ!ヴィックさんじゃないよ!

「夢を見てて…テホに言ったんです。ヴィックさんじゃない。」

あ、日本語が出た。

「え?俺じゃないの?」

「違います。あなたじゃない。だからそれ以上触らないで。」

「もう遅い。」

何が…?と思ったら、私の身体が上下に揺さぶられた。

「망했다!!」
(しまった!!)

私はその自発声とともに、ガバリと起き上がった。寝ていたソファではなく、寝室のベッドの上だった。

慌てて下半身を確認してしまう。粘膜丸出しではなくちゃんと履いている。

「よかった。夢なんだ…。ってなんでこんな夢見ないといけないのよ…。」

服はいつものパジャマ代わりのスウェットで、昨夜着ていたものもこれだ。

「…ヴィックさんは?」

ベッドヘッドに置いてある時計は、青い蛍光色で6時18分と表示している。私はその数字を軽く確認後、ベッドから両足を出し、部屋の床を踏みしめる。

リビングに出たが、自分以外の人気(ひとけ)を感じない。

玄関に行くと、ヴィックさんの靴がなかった。

「もういないんだ。ヴィックさん服どうしたんだろう。」

彼がここに来た時、ずぶ濡れだったあの服。洗濯乾燥かけたままだ。

「あのスウェット着てるまま?」

あのスウェット、テホのものなのに。ヴィックさんが着てるのテホに見られたら、変な誤解するんじゃないの?

無駄な心配するような気持ちがこみ上げてきて、洗濯機のある脱衣所まで急ぎ、乾燥機を覗き込む。

ある…!

服、こんな高そうな服、ヴィックさんが着てたらそりゃ高い服だろう。どうしよう、どうやって渡すの?ヴィックさんの連絡先知らないし、BBの事務所関連で連絡先知ってる人物といえば、弁護士のミョンギ先生…

ってミョンギ先生になんて言うの?ヴィックさんに服返したいからヴィックさんの連絡先教えてくださいって正直に言うのか?

嘘はつきたくないから、本当のこと言うしかないのかもしれない。だけどテホに知られたくない。後ろめたいことは何もないはずなのに。

とりあえずヴィックさんの服を乾燥機から取り出した。

その後アイロンをかけて、ハンガーに吊るした。

今日も仕事だ。いつもは朝からBBの音楽をかけて支度するが、今日は無音のまま用意して出かけた。


****


「ただいま。」

仕事を終えて独りの部屋に帰宅。独りにしては広すぎる家。孤独は慣れているはずが、テホに出逢ってからは淋しいとか悲しいとか人間特有の感情というのか、色々と沸いて出てくるようになった。

大体、離れてても会えない日々が続いても、毎日テホのことを考えるし、こんなに好きで好きでしかたない等という心情に関しては、自分でも驚く変化だった。

テホ今日も仕事泊まりだよね?帰国は早まることもあるって言ってたけど、早く会いたいな…

そんなことを思いながら、手洗いうがいをし、部屋着に着替え、エプロンをつけて夕食の準備にとりかかる。

今日のメニューは、もっちりチヂミ。キムチは単独で食べたいから入れないでおく。もっちりの材料になるじゃがいもは皮を剥き、すりおろす。チヂミに入れる材料の野菜と豚バラ肉を切る。

卵と薄力粉とすりおろしたじゃがいもと切った野菜、豚肉を入れて混ぜて、熱しておいたフライパンに胡麻油を多めに入れて、焼く。

時間を見て、コテでひっくり返し、いい焼き色を見て少し嬉しくなる。

タレも作る。コチュジャンと醤油と酢、あとすりゴマを混ぜる。

いつもはBBの音楽をかけているのに、今日は朝からこの家の中は無音である。

今料理中なので、黄金伝説で料理中に流れる音楽をメロディだけ口ずさむ。

「タララタランタランタンタンタタン、タタタタランタランタラーン…♪」

タレを混ぜながら、フライパンの上で焼かれているチヂミの様子を見た。

「いい感じ!」

今日も生きて美味しいごはんを食べれる幸せを感じないといけない。

ピーンポーン…

インターホンが鳴った。

え?テホじゃないよね?

私は吊るしてあるヴィックさんの服をチラリと見た後、玄関モニターを確認する。

「…ヴィックさん。」

その姿を確認してコンロの火を消し、玄関まで行く。ゆっくりとドアを開けた。

「なつき、ごめん。悪かった。」

ヴィックさんは、私に紙袋を差し出す。中を見ると、テホのスウェットが入っている。昨夜ヴィックさんが着ていったままのものだった。

「……。」

少しの間私は無言だったが、部屋に吊るしてあるヴィックさんの服を思い出し、

「入ってください。私も返す服があるので。」

と、ヴィックさんを招き入れ、そのまま玄関で待ってもらった。

リビングに戻った私は、吊るしていたヴィックさんの服をハンガーから取って素早くたたみ、ヴィックさんが持ってきた紙袋からスウェットを取り出し、その紙袋の中にヴィックさんの服を入れ直した。

「ヴィックさん、これ昨日あなたが着てた服です。」

「ああ。悪かったね。」

ヴィックさんはそのまま帰ろうと私に背を向けた。

なんだか様子がおかしい?

「あの、ヴィックさん。大丈夫ですか?」

大体昨夜酔っ払って転んでずぶ濡れって、何か私のような一般人にはわかりきれない悩みがあるのかも。

「ヴィックさん、もし悩みがあるんだったら、テホに…」

ガタッ…

えっ?

ヴィックさんは片膝をついてうずくまっている。

「あの、どうしたんですか?」

応答がない。ヴィックさんの肩に触れた。なんだか体温が妙に伝わってくる。

「ヴィックさん!!」

うずくまっている彼の前に行き、表情を確認すると、額には汗が滲んでいる。

私はその汗だらけの額に掌をくっつけた。

「熱い…!」

大変だ!すごい熱なのかも!

「ヴィックさん立てる?頑張って。つかまって。」

私はたまらず彼を起こし支えながら、寝室まで連れて行った。

またヴィックさんを自分の部屋に入れることになるのだが、気にするような状況ではなかった。

「くっ…ヴィックさん…寝て。」

彼の重みを支えながらベッドのコンフォーターを片手でめくり上げ、ヴィックさんをゆっくりと寝かす。

「汗が凄いから拭かなきゃ。あと、体温計も。氷枕あったかな。」

私はバタバタと足音を立てながら小走りに寝室を出た。


続く


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