今年もあと少し
明日も明後日もお仕事のまおです
サービス業ってみんなが休みの日に働いてるのに
土日休みの人より給料安いって知ってた
今年もいろんな事があったけど
やはり東日本大震災
これだと思う。
まおはあの日
一人でハマスタでオープン戦を観てて
ぞのの骨折の瞬間が目に焼き付いて離れなかった。
その後、地震。
あまりにも横揺れがすごくて飛ばされそうになって
椅子につかまっているのがやっとだった。
照明塔は大きく揺れて今にも倒れてきそうで
近くのビルは壁やガラスが崩れ落ち
一人ぼっちで内野席にいたまおは
近くにいたおじさんと声を掛け合ってなんとか揺れが収まるまで踏ん張った。
その後起きた余震も長く
客席がガチャガチャと大きな音を立てて横揺れがずいぶんと続き
さっきの地震で壁やガラスが崩れたビルから
さらに壁やガラスが落ちて行くのを見て
一人だし携帯繋がらないし
不安ばっかりが大きくなって
ここで夜を過ごすなんて無理だから帰りたい
お父さんは大丈夫かな、
旦那くんにけがはないかな
お店のみんなは無事かな
それより外の様子はどうなってるんだろう
サイレンが聞こえる
DJの栗原さんがしきりに
余震があると建物の倒壊などで危ないから帰らないでここにいて
大丈夫、ハマスタは安全です、と何度も言ってる
どうしよう
どうしよう
そんな感じだった。
しかもあまりにも長い横揺れで船酔いのような状態になり
不安もあったからか気分が悪くなって
持っていた胃薬を飲んでしばらく席に座っていた。
そのうち
みんなが安全なグランドに降りた。
トイレに行って
あったかい飲み物を買って
しばらく様子をみたけど大きな余震がないと信じ
栗原さんは帰るなみたいに言ってたけど
まおは徒歩で自宅まで帰る事にした。
電車はとまってるから人が道にあふれ道路は大渋滞
バス停には数えきれないほど人が並んでいた。
まおの自宅は国道沿いだから道はわかりやすかったけど
信号もあるし人も多いしで2時間くらいかかったかなー
途中、たまーに繋がる2ちゃんで地震情報見ながら
ヒール履いてなくてよかったと思いつつ(ペタンコブーツだった)
疲れるけど休まず歩きなんとか帰宅。
うちも実家も何一つ物は落ちてなくて
地盤の固さは本当だったのねとお父さんと話した。
やっと繋がった携帯で旦那くんの無事もわかり
ホッとしたけど
実家でお父さんと見た津波の映像がショック過ぎて
言葉がなかった。
ハマスタであんなに揺れたからこっちが震源かと思ってたけど
東北はあんな事になっていて…
まおよりもっともっと怖くて不安でたまらない状態がまだまだ続いてた。
今でも仮設住宅で暮らす人がたくさんいたり
身元が分からないままのお骨があったり
まだ
行方不明のままの人もいて
心が痛くてたまりません・・・
もっと他に書きたい事いろいろあったけど
それはまたの機会にします。
この震災の事は絶対に絶対に忘れません。
来年は少しでも早い復興と
被災者の方々の笑顔が多い一年になりますよう
心より願っています。