「力のある人が、リーダーになる」



長い間、世界はそう信じてきました。

そして今も、そうなっています。

でも私は思うのです。

「リーダーになりたい人が
  リーダーになると、
   全体のことを見なくなる」

これは批判ではありません。

地域の活動に長年関わってきた、
私自身の実感です。

自分を押し上げてくれた
一部の人のことだけが見えて、

声の届かない人たちのことは、
後回しになっていく。

どんなに志があっても、

「なりたい」という気持ちが先にある限り、

どこかで「全体」ではなく

「自分」を見てしまう。

この問いへの答えを、

私は百年前の曾祖父の人生の中に見つけました。


    
 力を持っていた人が、手を差し伸べる側へ



江口鎮白(やすきよ)。

陸軍少将として、長く「力で守る」道を歩んできた人。

その人が1921年、退役と同時に

甥の江口俊博とともに「手で人を癒す」道へ転じました。

そして1928年(昭和3年)、甲府で

「手のひら療治の会」 を共同で立ち上げます。

全国の神社仏閣・学校・公民館で、
50万人以上に無料で手当ての智慧を伝えた、
草の根の運動でした。

なぜ、力ある軍人が「手で癒す」道を選んだのか。

その問いへの答えが、家に伝わっています。


    

娘を、医学で救えなかった



鎮白には、娘がいました。

その娘が子どもを産んで、すぐに亡くなったのです。

軍人として地位もあった。お金も、当時の最善の医療も尽くした。

それでも、救えなかった。

「力でも、お金でも、医学でも、     救えないものがある」

その深い悲しみと気づきが、

鎮白を「手で人を包む」道へと向かわせたのではないか。

私はそう感じています。

亡くなった娘が産んだその子どもが、

私の父親です。

父は、母親の顔を覚えずに育ちました。

鎮白さんにとって、手のひら療治の会は

単なる健康運動ではなかったのかもしれない。

「もっと早く知っていれば」という後悔と、

「次の誰かは救いたい」という祈りが、

あの運動を動かしていたのではないか。

合元寺の赤塀の前に今も眠る鎮白さんのお墓に、

私はいつもそう語りかけています。


    
   本当のリーダーは
              「なりたくてなる」 人ではない




鎮白さんの転身を思う時、

私にはひとつの確信があります。

本当に全体を見渡せるリーダーとは、

「リーダーになりたい」と手を挙げた人ではない。

「誰かを救えなかった痛みを知っている人」

「力だけでは届かない場所を知っている人」

そういう人が、結果として人々に信頼され、

「あなたに任せたい」と選ばれていく。

自分から手を挙げるのではなく、
 信頼の連鎖の中で、
    自ずから選ばれていく。

これが、曾祖父が百年前に体で示した

「本当のリーダーの条件」 だと思うのです。


    
「かんながらの道」
自ずからそうなっていく道



曾祖父たちが大切にした四つの道のうち、

最初に挙げられるのが**「かんながらの道」**です。

「かんながら」とは、
無理やり動かすのではなく、
自然の理(ことわり)のままに、
自ずからそうなっていくこと。

無理やり決めるのではなく、
  自ずから決まっていく。

力で動かすのではなく、
  信頼で動いていく。

これは今の社会が最も必要としている原理ではないでしょうか。


    

手のひらから、信頼の連鎖へ




私が今、地域コミュニティの活動の中で

大切にしていることがあります。

「誰かが無理やり決める」のではなく

「信頼でつながった人たちが、
  自ずから動いていく」
    仕組みをつくること。

鎮白さんが百年前に手のひらで示したことを、

現代の地域社会の中で実現していくこと。

それが私の、次の百年への使命だと感じています。

傷のある場所に、癒しの人は還る。

台所から、世界を癒す。

手のひらから、信頼の連鎖を広げる。

その物語は、今もまだ続いています。

                えぐちまお(江口麻緒)
          **キッチンファーマシー協会代表**



次回予告:
「戦場で死を見た男が、手で命を癒す人になるまで」
─ 江口鎮白という人物の、知られざる人生 ─


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