創造主に造られたありのままの私。

創造主に造られたありのままの私。

神に造られた最高の私で居続けるための神との歩みの綴り。

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クリスチャンになったばかりのかたが、教会員のかたからの指導を受けて、家にある物の霊的お掃除をはじめて占いの本や偶像的な飾り物を教会に持って行って牧師さんにお祓い的な祈りをしてもらい火で燃やして完全に取り去ってもらうみたいなことをしてるのをよく見るし聞くんだけど、そういう儀式をしていること自体が悪霊の力を恐れて悪霊のためにエネルギー使って特別扱いして悪霊を喜ばしてるように思えるのは私だけ?🤔 私には創造主という唯一無二の無敵な神がともにいるので恐れずに悪霊的な物や本はさようなら普通に捨ててますポイ!特別に扱うことはしないよ!ってくらいのほうが神の美しさと優雅さと人間にはない力を崇めてるように、私は思います。おそらくそれをする方たちはギデオンの偶像破壊したことに倣っているんだと思いますが。 


新約聖書にはこのような約束があります。 


"神から生まれた者はみな、世に勝つからです。私たちの信仰、これこそ、世に打ち勝った勝利です。

世に勝つ者とはだれでしょう。イエスを神の御子と信じる者ではありませんか。"

ヨハネの手紙 第一 5章4~5節

 

"では、これらのことについて、どのように言えるでしょうか。神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。"

ローマ人への手紙 8章31節

"しかし、これらすべてにおいても、私たちを愛してくださった方によって、私たちは圧倒的な勝利者です。

私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いたちも、支配者たちも、今あるものも、後に来るものも、力あるものも、

高いところにあるものも、深いところにあるものも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。"

ローマ人への手紙 8章37~39節 


"神から生まれた者はみな罪を犯さないこと、神から生まれた方がその人を守っておられ、悪い者はその人に触れることができないことを、私たちは知っています。"

ヨハネの手紙 第一 5章18節 


悪い者は私たちに触れることができないし、もうすでにこの世にも打ち勝ったのです。 悪を恐れず、善である神を恐れて神に倣う生き方をしていこうではありませんか。


 

 いま私はこれまでの人生の中でもトップ5に入る試練の中に居ます。11年ぶりの出産。少し問題があったので、帝王切開で産み、傷口痛む中休む間も無く今まで慣れ親しんできたオレゴンから引き裂かれるような思いでアリゾナへお引越し。すべてが急!家を売って買ってと言う人生の中で起こる大イベントをたかが2〜3ヶ月でこなしてしまい。体と精神的に大きな負担を今抱えてしまっています。それとたぶん産後の鬱も重なっています。

周りから見れば祝福の最中にあって何言ってんだって思う人も居るでしょう。

けど私にとっては困難な試練です。悲しみの中にいます。こんな悲観的になっている私の話なんて誰も聞きたくないだろうから、人から完全にシャットアウトしている状態です。でも表では平気を装って生活してます。だから辛いです。

神は遠くに遠くにいるような気さえします。 今の私は無知でさまよっています。ぼろぼろです。

 

でも昨日、今日、落ち着いてゆっくり聖書を読みました。疲れ切っている魂に少しばかり水が注がれました。まだ完全には潤っていません。回復に時間はかかるとおもいます。

ゆっくりゆっくり神さまと共に弱った魂から立ち直り、先に進めますように。

 

 

自分は必ず救われるという確かな望みは、私たちのたましいにとって、信頼できる不動の錨です。この望みこそ、神聖な幕の内側(天にある神の住まい)におられる神と私たちを結び合わせるものです。ヘブル人への手紙6:19

 

この聖書の神の言葉を今日は胸に抱いて歩みます。

"それゆえ、このようなときには、賢い者は沈黙を守る。時が悪いからだ。"
アモス書 5章13節
聖書  

このような時だからこそ声を上げて発言しなきゃならない人と、そうではない人が居るかと思いました。自分はどの立場にいるのか、見分けなきゃヽ(´o`;