少し移動させて、次の場所へ
その辺はほんとに桜が満開でとても綺麗な道でした

ねねの道
は有名みたいですね
御陵衛士(ごりょうえじ)は、孝明天皇の陵(後月輪東山陵)を守るための組織。高台寺党とも言う(高台寺塔頭の月真院を屯所としたため)。1867年(慶応3年)3月10日に伊東甲子太郎が思想の違いから新選組を離脱、志し同じ者を新選組から引き抜いて結成した。同志は弟の三木三郎、篠原泰之進、藤堂平助、服部武雄、毛内有之助、富山弥兵衛、阿部十郎、内海次郎、加納鷲雄、中西昇、橋本皆助、清原清、新井忠雄、斎藤一(斎藤は新選組の間諜とも)の計15名。
Wikipediaから一部抜粋
少し前までは、宿泊もできたみたいですが、今は少し見れるだけです。
それから、また元来た道を戻って…おみやげ屋さんがたくさんある通りへと

目的の場所はこちら、
明保野亭跡
どうやら、思いっきり石碑を見逃したようです
今はおみやげ屋さんなどがあります。(た、たぶんこの辺?で撮りました
)ご飯食べるところもあります

元治元年6月10日(1864年7月13日)に、幕府により池田屋事件の残党の捕縛を命じられた新選組が、同日に東山の料亭「明保野」(「あけぼの」「曙」とも)に長州系浪士が潜伏しているとの情報を得た。武田観柳斎率いる新選組隊士15名と、前日より応援として派遣されていた会津藩士20名のうち5名が共に捕縛に向かった。現場で会津藩士の柴司が、座敷にいた武士を制止しようとしたところ、相手が逃げ出したため、取り押えようと追跡のうえ槍で傷を負わせた。直後に相手が浪士ではなく土佐藩士麻田時太郎(時次郎、とする説もある)と判明したため、その場で解放した。
Wikipediaから一部抜粋
ここで、父親がはまっている、お香を買って行きました

それから、うどんやさんでお昼を食べました

旦那の食べたカレーうどんはとーってもからかったです

でも、美味しいお店でした

この通りの入口の
はんなり
で、自分のお土産も購入したので、また載せます
Android携帯からの投稿

月真院




