以下、小説となります!

 

 

---------

 

******



任務帰りの途中。
そこでオレは非常に興味深いものに遭遇した。


場所は演習場近くの森上空。
いつもなら大して気にも留めないことだったが、何故かその日は目についた。


森上空で一羽の小鳥が飛んでいる。
やたらと鳴くその小鳥は、小鳥に似合わぬ飛び方で縦横無尽に空を駆け、狂ったように羽を動かしていた。
あーぁ、そんなに目立ったら猛禽類の目につくのに馬鹿な奴だーねぇ。
胸糞悪い任務後の自分だけが隔離されたような感覚の中、そんなことを思った直後、その小鳥は案の定トビの強襲を受けた。
これも自然の摂理だと特に感慨も受けずに観察していれば、トビの鉤爪が小鳥に接触するや否や突如煙をまき散らした。
それに驚いて逃げるトビと、煙の中から現れた人影が真っ逆さまに落ちていく。


そこでオレの視界は明瞭となる。
ぴたりと内のオレと外のオレが瞬時に重なり合った。
任務内容が胸糞悪くなればなるほど世界はオレだけに膜を張り、容易に抜け出してくれない。
この度の任務だって口に憚るようなものだったはずだ。
驚いた拍子か、それとも一連の出来事に興が注がれたのか。
こんなことは初めてで、だからこそオレを一瞬にして繋げた存在が気になって、オレはこっそり森へと落下した人物を追った。


件の人影はすぐに見つかった。
枝の生い茂った葉に狙ったように尻をめり込ませ、両手両足を浮かせて茫然としている。
黒い髪を後ろで一本にまとめあげ、中忍のベストを着た正規服の男。
顔のど真ん中、鼻を横切るように一本傷があるくらいで特に目立ったところはない男だった。
「……っっっ」
男は落ちた衝撃からようやく我に返ったかと思えば、声にならない呻き声をあげた直後、顔を真っ赤にさせた。
無理もない。
中忍ともあろうものが、トビに襲われるばかりか、成す術もなく尻から着地して茫然としているのだ。忍びとしてどうかと思うほどの鈍くささだ。下手したら中忍の資格を取り下げられるほどの間抜けさだ。


男はぷるぷると体を震わせ、目をきゅっと瞑り、苦虫をかんだように己の恥ずかしさをこれでもかというほど味わっていた。
手に取るように男の感情の推移を目の当たりにして、不意に笑いが込み上げてきたが、ここで笑って男に存在を知られるのは何故か嫌で必死に我慢した。


やがて男は前触れもなくカッと目を開くと、前後左右視線を這わせ、親の仇のように周囲を確認した後、ようやく木の枝から脱出した。
飛び降りた後、地面に着くなり男は誰も見ていないはずなのに、何事もなかったかのように不自然に首を森の上部へと傾け、今まで散歩していましたよと言わんばかりに鼻歌を歌い始め歩き出した。
その取り繕いの下手さに思わず吹き出しそうになったが、オレは我慢した。鋼の腹筋をここぞとばかりに活かし、笑いを封じ込めた。
もう息などしている場合ではなかった。今にも漏れ出そうな息を手で押さえ、オレは男の行方を追う。


だが、男も自分の取り繕いの下手さに我慢できなかったのか、突然全力で走り出した。
少し笑いも落ち着いたこともあり、ここで見逃すのも何か面白くなくて、オレもすぐさまその後をつける。
男は人目のない道をうまく選び、一心不乱に駆けていく。かくいうオレは民家の屋根や電信柱を伝って追いかけていくのだが、明らかに人目もなく行き来が楽な上の道を使わずに、下の道を頑として使う男の性根に何となく胸をくすぐられた心地になった。
そうして男がたどり着いたのはボロアパートで、外付けの錆びた階段を駆け上がるなり、とある部屋に飛び込んでいった。
部屋を確認し、部屋の中が見える位置を探して男へと視線を向ける。
折しも男の部屋がよく覗ける場所に木が立っていたので、その幹へと飛び移る。ちょうど葉で目隠しになり周囲からも目立たず、都合が良すぎるほどいい場所だった。


男の部屋は男の性格を表すかのように、なんとも無防備だった。
寝室に使っている部屋というか、全ての部屋の外に面している窓という窓にはカーテンなどの目隠しするものは一切なく、外から見放題だったのだ。
ま、オレにとっては都合が良いことだけども。


そんな状況もあって、男はすぐに見つかった。
帰ってきてから速攻で布団にもぐったらしい。
頭から布団へ突っ込み、尻は丸出しで、思い出したように時折じたばたと足をばたつかせている。なんなら布団の中で呻き声でもあげているのかもしれない。


大いにもだえ苦しんでいる男の姿を飽きることなく見つめ続けていたが、やがて男は動かなくなってしまった。どうやらそのまま寝てしまったらしい。
このまま朝まで見続けようかなと一瞬思ったが、冷静な自分がそれはまずいでショと突っ込んでくる。
明日もまた任務だし、体は休めなくてはならないだろう。


「……おやすみ」
何となく男へ言葉を紡ぎ、つかの間の休息を得るために家へと帰った。
機械的に腹に物を入れ、体を清める。
明日の任務の準備を行い、横になったのは、0時を少し超えたくらいだった。
目を閉じて浮かんだことは、陰惨な任務の情景ではなく忍びとは思えない間抜けな男の赤らんだ顔で、その日は何故かよく眠れた。



「……うみのイルカ、ねぇ」
あの日から何の気なしに動向を探るようになって、本日、書庫にて該当する男を探し当て、名を知った。
先日のあの間抜けな行動からは想像つかなかったが、数年前まで里外で戦忍をしており、何度か高ランク任務にもついていた。今はアカデミー教師として内勤についており、里外任務からは遠ざかっているようだ。
いらぬお世話だろうが、オレとしても内勤任務は賛成だ。素であんな間抜けな失態を演じる部下はぶっちゃけ欲しくないし。
アカデミー教師としては優秀なようで近々幼年組の担任を任されるそうだ。それに加え、本人の気質と顔の広さを買われてか、今年から受付任務に駆り出されている。
「上層部の覚えもめでたく、特に三代目火影様に可愛がられている、と」
資料には書かれていないことを口ずさむ。
うみのイルカの後を追っていった先で、三代目と談笑するばかりかお茶まで一緒にしていた姿を見たときは驚いた。おまけにオレが追い回していたのを咎めるように殺気をぶつけられたのには参った。もはや身内贔屓の域だろう。
三代目と関係の深い、腐れ縁にそれとなく聞けば、親の代から親しく、それこそ孫のように可愛がっているようだ。立派な息子がいるのに、孫とはこれ如何にと疑問を投げかければ、息子であるアスマは特に気にした様子もなく肩を竦めていた。そればかりか、アスマまでも弟扱いするのにはげんなりした。
妙なちょっかいかけやがったらただじゃおかねぇと面と向かって言われ、今度はこちらが肩を竦めてしまう。
上の者から可愛がられる気質でもあんのかねぇ。
ご意見番のコハルさまとホムラさまからも茶を一緒にしていたし。


面倒だなとか、目を付けたのがオレだけじゃなかったことにちょっとがっかりしつつも、オレはなんだかんだで暇なときはうみのイルカの後を追ってこっそりと観察していた。
そして色々と観察をした結果、うみのイルカは極度の寂しがり屋だということが分かった。それと同時に人が好きで好きで、それこそ木の葉の里の住民全部に愛を注ぐような大変情の篤い男だった。


そこでオレは首を捻ることとなる。
だったらば何故うみのイルカは変化をしてまで一人になるような行動に出たのか、と。
そうなると俄然興味と好奇心が掻き立てられ、オレは自分の持ちうるすべての能力、伝手、権力、力などを思う存分奮い、うみのイルカという人物について暴いた。


そうして、知った。
うみのイルカが一人になりたい理由は、極度の愛されたがり屋が捩れまくった結果だと。


うみのイルカの幼少期は、両親に余すことなく愛された幸せな少年だった。
しかし九尾の事件で両親を失い、突然天涯孤独の身の上となり果てた。
両親から余すことなく愛された分、自分が人が大好きな分だけ、うみのイルカは自分も愛されたかったようだ。
だが、両親からまっとうな愛を受け取っていたうみのイルカは、常識というものを識っていた。
無分別なクソガキだったらまだ良かったのだろう。
けれど、うみのイルカはここで捩れた。捩れずにはいられなかった。
人が好きな分、常識を識っていた分だけ捻じ曲がり、その結果己を曲げた。
愛されたいと思う自分に制限をかけるかのように一人でいる時間を求めた。
一人でいることが好きなのだと、己を騙した。


そうして出来たのが今現在のうみのイルカだ。


「ふむ」
眼下には、薄汚れた犬に変化をしたうみのイルカがいる。
何が楽しいのか、尻尾をぶんぶん振り回し、傍から見れば幸せそうな馬鹿犬に見えるうみのイルカがいる。
うみのイルカという人物を見、知り、中身まで余すことなく暴いた。
興味も好奇心も暴いた後なればそこら辺の有象無象と同じようになるものだと思っていたのだが。
「……なーんで、欲しいと思っちゃうのかーな?」
答えがない問いを投げかけてしまう。
だから、少し考えた後、自分で小さく返す。
「だって、何かいいじゃない。欲しいものがあるけれど生半可なものじゃ我慢できないから、だから自分を騙して自分なりの解決方法を実行してんのよ。それも無意識に。すっごく可愛いじゃなーい」
言って、くすりと笑う。
本当に可愛い。
自己完結してるようでコロリと変な輩に騙されそうな危うさがある。見た目はしっかりしていているようですぐ足元をすくわれそうな間抜けさもある。なのに、正真正銘その中身はみっしりと綺麗なものが詰まっている。
あんな存在を手元に置けたら、いや置いたら、オレも何かマシなものになれるのかな。


遠い日に置き忘れたものが目の前に現れたような心地になって鋭く胸が痛んだけれど、それと同時にくすぐったくさせられた。
だったら、だったら手に入れないと。


にっと笑って今後の算段をつける。
なに、大丈夫。今までの下見で攻略方法はすでに頭の中に出来上がっていた。
なんだかんだと情報を集めながら、すでにそのときからオレはうみのイルカを捕獲するつもりでいたらしい。
捩れているのはお互い様か。
くくっと喉で笑い、まずはオレ自身を知ってもらおうとうみのイルカの行く先へと先回りをして待ち構えた。



******



「も、申し訳ありませんでしたぁぁぁぁ!!!」
何とか銀髪上忍の手から抜け出そうと足掻いたが、非力すぎる俺ではどうすることもなく、とうとう本丸へと足を踏み込んでしまっていた。
絶対上忍の住処に入るなんて、一介の中忍には恐ろしすぎて、もうなりふり構ってはいられず、俺は変化を解いて土下座謝罪をしている最中である。



「……あ」
玄関に入った先での出来事に、銀髪上忍は間抜けな声をあげた。
土下座しているため顔は見えないが、何となくひどく気落ちしている表情をしているような気がして、俺は畳みかけるように謝罪と反省を繰り返す。
「私的に変化して大変申し訳ありませんでしたぁぁぁぁ!!! しかも俺の私的事項に巻き込んでしまい重ね重ね申し訳ありませんでしたぁぁぁぁ!!! ちょっとした息抜きで動物に変化して惑わしてしまい、申し訳ありませんでしたぁぁぁぁ!!! 今回のことは本部にきちんと告げて厳重に処していただきます! 本当に、本当に申し訳ありませんでしたぁぁぁぁ!!!」
やたら広い玄関の土間にて額をこすりつけて詫びた。
もう何というか、申し訳なさと同時によりにもよって上忍に目をつけられた己の運のなさに嘆く他ない。
だってさ、不運以外の何ものでもないじゃないか!?
俺、一応人目のないところで一人で変化の姿を楽しんでいたんだよ。一人になるために変化しているんだからそりゃ誰もいないところを狙って、一応細心の注意は払っていた。なのによりにもよって上忍に見られて興味持たれるなんて思わないじゃない? それに、上忍だったらこれが誰かが変化してんなとか、そういう少しの差異にも気づいて欲しいというか、だめ? 俺の変化の術があまりに完璧すぎたのかもしれないけど、それでも上忍なんだから気付いてそっといて欲しかったとか、そんなこと
「……里内でわざわざ動物に変化していると疑いもしなかったオレのミスですね」
唐突に漏らされた、俺の心の中の愚痴の返答にしか思えない言葉に思わず顔を上げてしまう。
「……ぐす」
銀髪上忍は何故か口布と額あてをとっぱらい、俺に素顔を見せつつ落ちる涙を拭っている。
顔隠していたのに何で部外者の俺にそれを見せつけてんのとか、現れた素顔がめったに見ないほどの美形なのにも驚きつつ、何よりも俺と同い年くらいの男を泣かせたことに動揺してしまう。


「あ、あああ、あああ!! す、すいません! 本当にすいません、泣かないでください!!」
わたわたしつつ、幼少組の子供たちを相手にすることが多くて、何かあった時用のために余分に持っていた手拭いを取り出し、俺は男の涙を拭く。
「あ、ああ! こ、これ綺麗です! きちんと洗ってますし、まったくもって問題ないです!!」
瞬きする度にぽろぽろと長い睫毛を伝い落ちる涙と、頬に伝う涙を渾身の丁寧さを持って拭く。
荒くこすり拭う手を軽く押さえ、懸命に拭いていれば、男は俺の瞳を見つめ少し困ったように笑った。
そこでハッと気づく。
見知らぬ他人、しかも大の大人に対してする行動ではない。
す、すいませぇんと声がひっくり返る手前の声を発する直前、男は拭いていた俺の手を握り、自嘲気味に呟いた。
「……やっぱりクロスケはクロスケですね。あのときも、泣いているオレを必死に慰めてくれたクロスケと……同じ……」
うっと感極まったようにぼろぼろと本格的に泣き出した男に、俺は血の気が抜ける思いだった。
よほどあのときのことは男にとって印象深く、心に刻み付けた事柄のようだ。
男のことは全く知らないが、一時会っただけの犬に固執する男の背景が何となく察せられて、こっちまで胸が苦しくなった。だからか、泣く男の体を自然なほど自分の懐に抱きよせていた。
子供たちにするように頭を撫でつつ、背中をゆっくりと叩く。
一瞬、男は緊張したように硬直したけど、不意に体が弛緩するなり肩口に顔を伏せた。
そのままお互い黙ったまま、しばらく抱き合っていた。


「……ありがとうございます。もう、大丈夫です」
どれだけの時が過ぎたかわからないが、男はそう言って顔を上げた。
「すいません、情けないところ見せて……。服も濡らせてしまいましたね。どうぞ上がってください」
控えめに俺の袖口を握る男の仕草と、ここで断ればまた泣いてしまいそうな潤んだ瞳を見て、俺は言われるがまま上がってしまう。
玄関から繋がる廊下から、戸を開けた男の部屋は、俺の住処と比べるにはおこがましいくらい綺麗でしかも広かった。
今流行りなのか分からないが、ほぼ間仕切りのない部屋がどーんと目の前に広がり、何故か真っ先に男の寝ているどでかいベッドが出迎える。
手裏剣柄の布団に思わず目を奪われつつ、男は俺をその隣にあるソファへと座らせ、少し奥まったキッチンでお茶の準備をし始めた。
「待ってて、今、コーヒー入れるから。砂糖とミルクは両方入れるよね?」
「え、あ! お、お構いなく!! そんなに長居してもわ」
断りの言葉を入れようとする俺を、男は涙でいっぱいにした瞳で見つめてくる。犬だったら、尻尾を下げてきゅーんと言ってきそうな姿に、俺は言葉を飲み込んだ。
「……い、いただきます」
「うん、ごーかっく」
意志薄弱な己に肩を落とせば、男は何故か合格判定を下す。何故だ、よくわからない。



男は俺にコーヒーと茶菓子を振る舞い、何故かそれが俺の舌に抜群に合い、うまさに感激していると、自己紹介をし始めた。
男の名は、はたけカカシといい、やはり上忍だった。
今は里外任務が主だが、近々ある何かの結果次第では里内勤務になるかもしれないと言う。
はたけ上忍は俺に名を告げて何かの反応を待っていたが、恥ずかしいことに噂に疎い俺は期待された反応をすることができなかった。申し訳なく思う俺に、はたけ上忍は逆に機嫌を良くし、何故かこの部屋に泊まることになってしまった。
思い返しても不思議である。俺もどうしてここに泊まることになったのか、未だによく分かっていない。
風呂を勧められ、入った後は手料理を振舞われ、いただいた料理もほっぺが落ちるかと思うほどの絶品で、酒も少しいただいて、ちょっとほろ酔い気分で気付けば翌日の朝となっていた。しかもどうしてか、一緒に仲良く同じ布団に入って、今日初めて話したとは思えない距離で寝ている。


「イルカの着ていた服は今日返すから、アカデミー終わったらここに帰ってくるんだーよ」
「え、あ、は、はい」
いってらっしゃいと何故か弁当まで持たされて見送られ、俺ははたけ上忍の服を身に着け、そのままアカデミーへと出勤した。
相変わらず頭の中は疑問符だらけなのだが、ふと後ろを振り返れば、満面の笑みで手を振り送り出してくれるはたけ上忍がいる。
その光景が何故かぐっと胸にきて、俺は下手くそな笑顔で手を振り返した。



******



「カカシ、わしはお主のそういうところは人間として致命的な欠陥だと思っとるんじゃがお主はどう思おうている」
泣く寸前のぶさかわいい顔をオレに晒したイルカを改めてモノにすると決意を固めたところで、傍らにずっと気配を殺して控えていたパックンが問いかけてきた。
「何よ。言っておくけど、イルカだって嬉しそうにしてたじゃなーい。もちろんオレも嬉しい。双方Win-Winの関係でショ。何も文句ないじゃない」
肩を竦めるオレに、パックンは元からしわくちゃの顔をもっとしわくちゃにして唸る。
「わしとてお主が戯れでやっているとは思っておらんが、騙し討ちのようにするやり口がの」
パックンの言い分は至極まっとうで通常ならば耳を傾けるべき苦言だが、オレとしても言い分があるのだ。
「わかるよ。イルカだったら正攻法で誠実に向き合えば幾らでも返してくれるってね」
ならばと見上げるパックンに首を振る。
「それじゃ遅いんだーよ。今までよくぞ見逃されてきたと思うくらいあの人はオレみたいなのにとって本当に稀有で誰もが欲しがるような人なーの。アカデミー勤務だから子供たちばっかりの相手してきたけど、これから受付任務にも入って交友関係がぐっと広がるんだーよ。目敏いのに見つかる可能性大なの。早いうちに手を打たなくちゃーね?」
「……独占したいが故か」
あきれたように零した言葉に深く頷く。
「そうそう。手早く囲って、オレの、はたけカカシのモノだって見せつけないと」
マンションから出て、通りに入ってからも、時々振り向いてオレを確認するイルカへ手をあげる。ぱっと弾けるように嬉しそうな笑みをオレに向けたイルカへ混じりけのない笑みが浮かぶ。


いいじゃなーい。
騙し討ちだろうと何だろうと。


「イルカの笑みを見ていたいオレの気持ちに嘘偽りはないんだかーら」


イルカの姿が見えなくなるまで見送って、部屋に戻ろうとしたところで、パックンがこちらをじっと見つめている気配がした。
何よと視線を落とせば、パックンはさっきまでとは打って変わって上機嫌な気配を出しつつオレより一足先に部屋へと入っていく。
「惚気なんぞ犬も食わんわい」
ぽつりと吐き出された言葉に、少し照れた。惚気に聞こえたのか。


「さて、二度と変化しないように努力しますかねぇ」
伸びをしつつ、今晩の飯を何しようかと考えながら転び出た言葉に思わず苦笑した。
パックンの言う通り、惚気以外の何物でもない。
ははっと笑って、これからどうやってイルカをこの家へ住まわせるか胸を高鳴らせる。
オレの直感は優秀すぎるらしい。
手元に置く前からこんなにもイルカを思う自分がいる。
それを嫌悪しない己に、すでに何かに変わった己に、笑いしかでないオレはたぶん何かの一歩を踏み出したのだろう。






おわり

------

 

 

……あれ? 猫の存在の希薄さよ……。

くっ、くぅぅぅうぅぅ。

来年、ご期待ください……(´;ω;`)ウゥゥ