あぁぁぁぁ、間に合わなかった。
あおーん、負け犬になった。スーパー猫の日に負け犬になったぁぁぁぁ。
以下、猫の日小説となります。
推敲してない……。変わる可能性大です。はは!
追記:言い回しなどを少し変えました。内容はほぼ変わってません。(R4.2.25)
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令和4年2月22日 にゃんにゃんの日
「いい加減にしてよ! あんた一体何様のつもりなのッ」
出会うなり金切り声をぶつけられ、低空だった機嫌がますます下がる。
今宵の熱を発散するはずだった相手も、目の前にいる女の剣幕に恐れをなしてそうそうに退散した。
目の前の女と違って、戦忍のそれとは違う柔らかい肢体がうまそうだったのにとても残念だ。
「カカシ! 聞いてるのっ!?」
突然降り出した夜半の雨に濡れながら、女はオレを睨みつけ怒鳴る。
女の横やりがなければ、そのまま何不自由なく快楽を貪れたのに。
髪から落ちる雫が鬱陶しい。振り払うように頭を振れば、女はオレの反応が気に障ったようで一歩踏み込んできた。
「今日は、今日だけは一緒にいてって言ったじゃない! 約束、したでしょう!?」
激高した女と比例するように雨足も段々と強くなっていく。
周囲の大通りに人影はとうにない。
大粒の雨が地面に叩きつけられる中、突っ立っている者がまともではない証だろう。
「今日は私の誕生日だって! 私、待ってたんだから! ずっと、ずっと……!!」
雨で顔をしとどに濡らし、いまだに大口開いてわめき散らす女に視線をやって、ふと自分たち以外の存在に気付き、視線を移す。
大通りの隅、暗がりに隠れるよううずくまっている小さな生き物の気配がある。集中してようやく捉えることができるか細い息に、もう手遅れだろうなと漠然と思う。
それでも小さく足掻く生き物が気になって見つめていれば、急に女の口が閉じた。
その変化にも興味が持てなくて、頭の片隅でそろそろお暇しようかと去る算段をしていれば、女は思わぬ言葉を放り投げてきた。
「分かった。もういい。よく分かった。あんたとは別れてあげる」
女に乞われてからの一ヶ月弱の付き合いだったが、束縛したがる女の性格には辟易していたところだ。
渡りに舟の言葉が嬉しくて、初めて女の視線と真っ向から向き合う。
なけなしの情を繋ぎ合わせて当たり障りのない言葉を吐く直前、女は両の口端を吊り上げた。
「ただし、今日入れて数日間は誕生日プレゼントとしていただくから」
女の手が動く。
腰に吊り下げていた巻物ホルダーを解くと同時に、術が発動した。
油断していたし、里内で、まさか仲間相手に術を掛けてくるとは正直考えつきもしなかった。
己の身に術が掛かっていくのを感じながら、上忍師として里内勤務になった弊害かと臍を噛む。
任務に明け暮れ、死線の中にいた自分が、里のぬるい空気に毒される訳がないと思っていたが、十分に毒されていたらしい。
眩む視界に、四肢から力が抜ける。
「無視される人の気持ち、あんたには一生分からないんでしょうね」
意識が閉ざされる中、聞いた言葉は、確かにとついオレも納得してしまっていた。
******
「カカシ。無視はダメだよ。オビトだってリンだって一生懸命やってるし、前に進もうと足掻いている。君が同年代と比べて頭一つ二つ飛び抜けているとしても、人の意見は聞くべきだ」
先生に両肩を掴まれ、こんこんと諭される。
オレたちの後ろ、オビトとリンには到底聞こえない距離が開いているから、この会話は聞かれることはないだろう。
そうやってオビトとリンに気を遣う先生を心底不思議に思った。
先生はオレでさえ敵わない実力を持つ忍びだ。オレで敵わないのだから、オビトやリンなぞ赤子の相手をするようなものだろう。
それなのに二人を気にする先生の意図がつかめない。
必要があるとは思えないと呟くオレに、先生は困ったように眦を下げた。
「カカシ。君は強い。きっと君に勝てない忍びを数える方が早いほどに、君はこれからも強い忍びのまま育っていくんだろうね。でもね」
先生はオレを何か哀しいものでも見るように言葉を吐いた。
「それは寂しいっていうことだよ」
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寒い。
かたかたと小刻みに震える体で目が覚めた。
妙に混濁している意識と視界に、直前のことを思い出し、ため息を漏らす。
術をかけられた。
掛けられた直後に意識が飛ぶ術なぞ、心身共に影響を及ぼすろくでもないものだ。
外回りの任務を昨日終わらせ、報告は済ませた。毒を扱う任務だったため、まだ体が出来ていない下忍たちと接触するのはまずいということで、五日の休暇をもらっている。
今日から五日間の猶予はあるが、その間にこの術は解けるのだろうか。
腐っても上忍だったあの女がそうそうへまはしないとは思うが、何の術を掛けられたか分からないため不安もある。
面倒なことになったなぁとすこぶる調子が悪い体を動かそうとして気付く。
周りはタオル生地で満たされ、横たわる視線の先には自分の視線より数倍高い茶色い壁に囲まれていた。
見知らぬ場所と環境に面くらい、冗談だろうと力の入らない四肢を叱責して足掻けば、天井から窘める声が降ってきた。
「おいおい、騒ぐな。大丈夫、大丈夫だから」
四角い壁の上からぬっと出た顔は、やけに馬鹿でかいが見知った者だった。
うみのイルカ。
今年の春先に受け持った部下たちの担任教師だった男。
後ろに一本にくくった黒髪と黒目の平凡地味な容姿に、目立つと言えば顔のど真ん中を横切る傷跡くらい。
人なつっこく、人畜無害といった雰囲気に、果たしてこれは同じ忍びなのだろうかと初対面時には本気で疑ってしまった覚えがある。
子供たちにもよく慕われており、オレの部下であるナルトは隙あらばこの恩師の話をねじ込んでくる。
向こうは子供たちの話を聞きたいのか、オレを見つけるなり駆け寄ってくるが、オレはそれに気付かない振りをして避けていた。
理由はとくにないと思う。強いて言えば、たぶん反りが合わないからだろう。
オレとは考え方も感じ方も正反対であろう人物。
関わっても薬にも毒にもならないと、認識外にあえて置いていたというのに、ここにきてかち合ってしまうとは何の因果か。
呆然とするオレに、うみのイルカは柔らかい笑みを浮かべて大きな手を差し出してくる。
「にゃんこ、お前運が良かったんだぞ。俺が見つけてなかったら、今晩でお陀仏だったって獣医の先生の判断だ。ーーまだまだ予断は許さないからゆっくり大人しく寝てるんだぞ」
大きな手は途中で二本の指に変わってオレの頭を優しく撫でてくる。
気遣うようなその触り方にぞわぞわと背筋が震えたが、払いのけるほどでもない。
うみのイルカはやけに簡素な服を着ていて、珍しいことに髪の毛も下ろしていた。髪に水滴がついていることからして風呂にでも入った後なのだろう。
着実に増えていく情報と、信じたくはないが今の自分の身の上を飲み込んで、上に引き延ばしていた首を落とす。
ちらっと自分の手足に視線を移せば、案の定、そこには細すぎる四つの獣の足が見えた。
間違いない。
あの女、あのとき見た死にかけの生き物に、オレの意識を乗り移せやがった。
一般的にある索敵、盗聴などに使われる忍術だが、普通は長くて一時間程度の憑依しかできないものだ。だが、腐っても上忍。巻物の補助つきでかつあの口振りを考えると数日はこの肉体に拘束されることになるだろう。
ひさびさの休暇は爛れて過ごそうと決めていたのに、なんという誤算だろうか。
あのまま雨に打たれることは免れたが、避けていた相手の家に保護されることを考えると複雑な気分に陥る。
ま、どうせ時間が解決するのに任せる他ない。
観念して力を抜けば、うみのイルカはオレの様子を窺いつつ声をかけてきた。
「にゃんこ、食べられるなら何か食べてみないか?」
体を横たえただけで眠る気配のないオレの口元へ、どろどろとしたものが入っているスプーンを近づけてきた。
鼻をうごめかし、何が入っているのか匂いで判断しようとするが、死にかけの子猫では鋭敏な感覚が失われているのか、中身がまるで検討つかない。
まさか瀕死の子猫に毒は盛るまいと、空腹すぎて感覚がない腹に少しでも栄養をとるべく舌を伸ばす。
スプーンに舌をつけた途端、貫いた衝撃に体が震えた。
「っ、ミ」
激痛といって過言ではないその味に、思わず声が出た。
足掻くように喉を掻けば、うみのイルカは緊急事態にようやく気付いたようで慌ててどこかへ行った。
触れた舌先から胃にへと、熱い何かが落ちていく感触が分かる。それに応じて通った場所から強制的に細胞が蠢く感覚を受け、何を食べさせられたか知る。
あの野郎、忍び用の兵糧丸を食わせやがった!!
子猫、しかも瀕死に陥っているものに食わせるものではない。
オレがこの子猫に入っていなかったら、たぶんショック死していた。
急速に活発化する臓器を押さえ込むように丸まり、喉奥で苦痛の声を噛み殺す。
うみのイルカへの呪詛を唱えながら、暴れる感覚を押さえ込もうとやっきになっていると、どたどたとした音を立てて戻ってきた。
「にゃ、にゃんこ!! 無事か!? 水だ、水持ってきたぞ!!」
劇毒に近いそれを薄めるためには実にいい判断だ。
さっさと寄越せと閉じそうになる目を見開き水を求めれば、そこにはガラスコップになみなみと注がれた水があった。
「ミッィイィィィッッ」
飲めるかぁぁぁっと思わずすべてを忘れて突っ込み、やばいと思ったときは昏倒していた。
「にゃ、にゃんこぉぉぉぉ!!!」
薄れいく意識の中、うみのイルカのせっぱ詰まった声が聞こえた気がした。
******
「イルカ先生。あなた正気ですか? いくら猫を飼ったことがないとはいっても、忍びの子供ですら食べてはいけない正規の兵糧丸を、瀕死の子猫にやるとは何事ですか!!」
でかい図体を小さく丸め、地べたに正座してオレを抱えるうみのイルカは今にも死にそうな顔で謝罪を繰り返していた。
「すいません。軽率でした。野生の生きる力を過信していました。二度としません。申し訳ありませんでした」
タオルに包まれて懐にいるオレから、うみのイルカの顔がよく見える。
オレが気を失っているときに泣いたのか、瞼は腫れ上がり、鼻の下も真っ赤になっている。
最初こそ、どんどん言ってやれと非常に気分良くうみのイルカの謝罪と獣医師でもあり、里の忍びでもある犬塚ハナの叱責を聞いていたが、あまりにもみすぼらしくしょげかえるうみのイルカに飽きてきた感もある。
ま、一応命は助かったんだしいいんじゃない。そこら辺にしたら?
オレが思っていることが通じた訳ではないが、犬塚ハナは額に手のひらを当て一つ大きくため息を吐くと、口を閉じた。そして、うみのイルカを見つめるとおもむろに切り出した。
「……イルカ先生、もう一度お尋ねします。今回は調子を持ち直しましたが、いつ亡くなってもおかしくない子です。特にこの子は先天性の心疾患があって、衰弱したこの体でこの子の心臓がいつまで持つか……。生き続けることがこの子にとって幸せなことか、私には判断がつきません」
犬塚ハナの言葉に、うみのイルカの唇が噛みしめられる。落ち着いていた瞳に水滴が盛り上がる様を見て、呆れた感情が浮き上がる。
上忍であり、生き汚いと定評のあるオレが入っているからこそ、この体はぎりぎりのところを保っているが、本来ならばとうに死んでいた体だ。
犬塚ハナの言い分は至極まっとうなばかりか、慈愛にさえ満ちている。
だが。
「いいえ。俺はこの子が生きようとしている限り、その選択肢を取ることはあり得ません」
さきほどの泣きそうな顔とは打って変わって、毅然とした表情で犬塚ハナを見つめ返した。
オレを抱く手がほんの少し強まる。
そのときのことを考えては泣きそうな顔を晒しているのに、断言している今はやけに力強い。
バカだ。懐に入ったものは躊躇いもなく慈しむバカだ。余計な苦労を背負い込んで、得をする訳でも、未来の布石にする訳でもない。単純に目の前にいる相手の最大幸福値を思い、自分に出来る限りの手を差し伸べる、とんでもないお人好し。
鳩尾がもやもやとした重苦しい感覚に囚われる。
うみのイルカを目にする度、その行動を見かける度、何度も味わったその感覚。
身の不調を覚えるそれが気持ち悪くて仕方なかった。
だから、関わり合いたくなかった。
「……分かりました。相変わらず、ですね。また何かありましたらお越し下さい」
犬塚ハナの声で内にこもっていた意識から浮上する。
犬塚ハナはどこか気安い苦笑を浮かべ、うみのイルカを見つめていた。
「頼りにしてます」と申し訳なさそうに笑ううみのイルカとのやり取りに、何度か同じことを繰り返していたことが窺えた。
そのまま会話を広げようとする二人が何となく癪に障る。
「ミッ」
根性振り絞って出した声はどうやら届いたようで、二人はオレの発言に驚いた顔をして、同時にオレを見下ろして笑った。
その空気はやけに二人を親密に見せて、眉根が寄る。
「ミッミッ!」
いい加減、帰るよ!
時計を見れば、深夜過ぎている。
どうせこの男のことだ。明日も通常通り変わらない日程なのだろう。
教師の癖して明日の予定も考慮しない態度はどうかと思う。
うみのイルカもオレの視線で時刻に気付いたのか、頭を下げた。
「ハナさん、夜分遅くまですいませんでした。本当助かりました」
「いいえ、イルカ先生もお疲れさまです。明日も授業あるんでしょう?」
タオルに包まれたオレを抱え直し、会計を済ませたうみのイルカの後を犬塚ハナがついてくる。
「ミ、ミ」
どうでもいいから早く帰れって。
立ち話なんぞされたら、このかよわすぎる子猫の体では負担が大きすぎる。
オレの警戒の声は無事聞き届けられたようで、うみのイルカは犬塚ハナへここまでで大丈夫ですよと、外へのお見送りを断る。
いい判断だと頷くオレの頭を一撫でして、今度こそ外へと出た。
「またいつでも来て下さいね。決して一人で判断しないで分からなかったら相談して下さいよ。時間関係なく、いいですね!」
見送り不要だというのに、犬塚ハナは外へと出てくる。
うみのイルカはだらしない顔つきで「はい」と何度も振り返っては頭を下げ、おかげでオレが体を横たえることができたのは、それから数十分あとのことだ。
絶対あの外へ出てからのやり取りで時間を無駄にした。
段ボール箱にタオルが敷き詰めらている、オレ用の寝床に寝かされた。
あらかじめ綺麗なものを用意していたようで、変な臭いもないしいい感じだ。
「ほら、にゃんこ。湯たんぽだぞ、これでよく温まれよ」
タオルでぐるぐるに巻かれた、オレよりも大きいそれを隣に置き、うみのイルカはそれごと抱えて、部屋を移動した。そして下ろされる。
オレの寝床は四角く覆われていて、ほぼ天井しか見えない。うみのイルカが寝床を置いた場所がどこか知らないが、眠るつもりだろうから自分のベッドの近くだろう。
起きあがる元気はおろか、顔を起こす気さえないオレは、ただ大人しく体を横たえるしかない。
隣にあってもほかほかとした温度が伝わるそれを感じつつ、体力の回復に勤しむかと諦めて目を閉じようとしたそのとき。
「じゃ、おやすみ、にゃんこ」
ひょいとオレの寝床をのぞき込んだうみのイルカの手がオレの頭に触れる。途端突き抜けたのは、体表と内臓がひっくり返るほどの温もりの飢えだった。
何故今まで忘れていたのか、何故今まで平気でいられたのか信じられないほどの飢え。
あ、と思う暇もない。気付けば、オレの喉はしきり動いて訴え始める。
「ミィ、ミィ、ミ、ミ、ミィ」
一音出すだけで息切れさえ起きそうな肺の脆弱さなのに、オレの声は止まらない。
ばくばくと心臓が高鳴って、温かいそれが遠ざかることこそが死なのだと、心底厭う。
感情と行動が理性に追いつかない。
何で鳴き続けるのか、なぜこうも死にもの狂いで足掻くのか。疑問ばかりが頭を通り過ぎる。それでも心と体はオレを蹴落とす勢いでみっともなく訴えた。
イヤダ、一人ニシナイデ。ヤダ、ヤダ、ヤダ、側ニイテ!!
「ミーーッッ」
気が狂わんばかりに鳴くオレに、オレ自身がびびる。目の前のうみのイルカも目を見開き、小刻みに瞳が左右に散り始めた。
「ど、どどどどした、にゃんこ!! 異常事態かっ、なんか痛いところが! それとも気分が悪いのか!?」
顔を蒼白にしてオレに聞いてくるが、さっぱりだーよ。この子猫の元の主に聞いてくれ。
まだまだオレの喉は動く。小さく途切れ途切れ、声すら枯れる勢いで鳴き倒す。このままでいったら鳴きすぎのために死んでもおかしくない。
おいおいどうすんのよ、これ。オレでもどうにもできなーいよ?
胸中で軽口叩いて、悲鳴を上げ始める心臓を騙し騙し、呼吸をし続ける。それでも限界はあっという間に迫る。
あ、ちょ、無理かもしれない。
心臓への特大の痛みの予感する寸前、うみのイルカの手がオレの体を包み込んだ。
ふわりと香る生きているものの体温。体を包む鼓動音。確かな質量を感じる厚い手のひら。
それを全身で感じた瞬間、オレの喉から声が途切れた。
代わりに動いたのはオレの小さな手だった。小さい指を広げて閉じて、うみのイルカの手のひらを押し揉み続ける。
「……え? え……。え??」
頭上でうみのイルカの困惑の声が聞こえる。オレの頭も疑問で埋め尽くされたが、体と心はこれで大丈夫と勝手に安心し始めていた。
幾度となく動かしていた手つきもだんだんと弱くなり、意識が朦朧としてくる。体が眠りを欲しているのだと理解して、抵抗することなく身を任せかけた直後、体が無機質な温もりに触れて意識が即覚醒された。
ぱっと目を開ければ、オレの寝床に横たえようとするうみのイルカを見つけて体が叫ぶのに任せてオレも文句をまき散らす。
「ミィッ、ミィッミィィッ」
アンタ、バカじゃないの!? オレの様子見て察しなさいよ、オレの体はアンタの温もり感じないと寝れないって言ってんのが分かんない訳!?
再び鳴き始めたオレに、うみのイルカはたじたじとしていたが、ようやく悟り諦めたのか、オレを手のひらに乗せたまま自分のベッドへと横になった。
「マジかぁ。潰しそうで怖いんだけどな……。まいったな」
手のひらを頭の横に置き、布団に入ったうみのイルカの顔はオレからよく見える。
もそもそぼやくうみのイルカにオレは眼光鋭く睨み据えた。
アンタ、オレを潰したら後々報復するかーらね。
例えオレの体でないとはしても今はオレの精神が入っているのだ。圧死だなんて悪趣味な死に方は御免被る。
オレの視線に気付き、うみのイルカはしばらくオレと目を合わせていたが、小さく笑って触れるか触れないかの距離で耳元へ囁いてきた。
「おやすみ、にゃんこ。お前に良い夢が訪れますように」
児戯めいたおまじないの言葉。
いつもなら鼻で笑ってしまいそうな文句だが、子猫の身に入っているためか不思議とするりと内まで入っていた。
******
翌朝。
オレは何とか生きていた。
うみのイルカは寝相は悪くないようで、夜半に起こされることもなく、なかなかに良い眠りだった。
隣のうみのイルカはしょぼくれた目を擦りながら、大きく片手を上げて伸びをしている。
今はまだ起きあがれないが、昨日よりかは気力共に上向き傾向にあると感じる。もしかすると今日は体を起こすことができるかもしれない。
怪我の功名か、あの劇薬に近い兵糧丸がこの身に効いたことも要因しているだろう。だからといって二度と舐めたくはないが。
「おはよ、にゃんこ。よく眠れたみたいだな」
少し目が赤いうみのイルカに話しかけられ、声が出すのが億劫で、口を開けるだけの挨拶を返してやる。
それだけで通じたのか、うみのイルカは嬉しそうに「そうか、そうか」と目を細め、何かを一瞬考えた素振りを見せた後、オレを寝間着の胸ポケットへと入れた。
素肌とは違う感触に一瞬激しく体が反応しかけたが、うみのイルカの鼓動が間近に聞こえることには安堵したらしく、オレはみじめったらしく鳴かずにすんだ。
なかなかにこの身を分かっているではないかと、オレはうみのイルカへの評価を上方向に修正する。
うみのイルカは手早く顔を洗うと、朝食を食べ、身支度をし始める。着替える間はオレは再び手のひらへと移動し、うみのイルカが忍び服を着終えると、手ぬぐいに包まれて首に下げられた。
「ミッ」
心臓の音が聞こえないそれに即反応したオレに分かっていると言わんばかりに、うみのイルカはベストの内側にオレを収める。
少々遠くなったがそれでも聞こえはする。理性的なオレがいるためか、体と心も妥協してくれたらしい。
「にゃんこ、水分補給しような」
オレが大人しくしていることを確認し、今度はオレのご飯時間となる。
手のひらへ再び移動してスポイトから水を飲ませてもらう。
顔を上向かせてスポイトの先を横からくわえさせてくれたまで良かったのだが、勢いよく水を押し込まれて溺れ死にそうになった。
せっかく回復した気力がここでごっそりと殺がれたのは言うまでもない。
「ご、ごめん、大丈夫か!」
むせかえるオレに声をかけてくるが、オレの怒りはそんなことでは収まらない。
もう一度しやがったら同じ体験を味わらせてやる。
呪うようにうみのイルカを睨みつければ、びくっと体を震わせうみのイルカが固まった。
オレの犯行予告を察したのだろう。それ以後、打って変わって丁寧な手つきになったため、オレの予告状は破棄することとなった。
「うーん、ご飯はいらないか? ちょっとでも食べてみないか?」
水を飲んだ後に、流動食が入ったスポイトをくわえさせられたが、全く食べる気にならず顔を背けた。
というか、アンタが無理矢理舐めさせた兵糧丸がまだ胃の中にあるっぽいんだーよねー。
どうも水には砂糖らしきものが入っていたので、当座はこれで大丈夫だと思う。
しつこく食べさせようとするうみのイルカに、頑として拒否を続けること数十分。
登校する時間が迫ってきたのか、うみのイルカは渋々スポイトを置いた。
「よっし、んじゃ今度は”しー”な?」
しー?
不思議な擬音を口にしたうみのイルカに疑問を沸き上がらせていると、突然仰向けにされた。ぐっとわきの下に指を入れられ、、逃げられないように固定されてしまう。
碌でもない予感を覚えながら目を散らしていると、うみのイルカの空いている左手には微かに湯気が立った濡れティッシュが握られていた。
あ、あ、あ、まさかぁぁっぁぁ。
「よーし、よしよし、すぐ出るからなー。ほら、”しー”」
迷うことなく宛てがわられたティッシュ。
オレの内心の絶叫なぞ露知らず、そのまま軽く上下に擦られて、我慢することすらできずに果てた。
子猫の体は思っていたより精神に屈辱を与えるものだったことを、オレはそのときになって知った。
******
「先生、今度は何? 何?」
「見せて、先生、見せてぇー」
「あ、私も、私もー!!」
出かけ前にやられた、成人をとうに過ぎたオレが味わうには難易度が高く、子猫的には至極当たり前な排泄行為に精神をやられたオレは物置になったようにうみのイルカの懐で丸まっていた。
だが、アカデミーにつく頃には、オレの安らかな現実逃避は周りのけたたましい声にてぶち破られることとなった。
「あー、落ち着け、落ち着け。今回は子猫だ。まだすっごく小さいし、弱ってもいるからお前たちに触らせることはできないんだ。大きな声にもびっくりするほど小さい子だから、なるべく大声は出さないでくれると助かる」
うみのイルカの説明に周りに群がっていた子供たちの声が一瞬にして小さくなる。
その反応を見て、うみのイルカはベストのチャックを開けてオレをお披露目した。
「うわ、ちっちゃぃ」
「かわいい、寝てるの?」
「子猫だぁ」
何とか声に興奮を出さないように押さえているが、体はその分飛んだり跳ねたりしている。
未来の忍び候補とは思えぬ、幼すぎる言動の子供たちに、時代は変わったなぁと胸中でぼやく。
目をキラキラさせて、頬を真っ赤に染めてオレを見つめる純粋無垢な子供たち。この中から一体何人が忍びとして成長できるのだろうか。
そんな子供たちをうみのイルカは慈しみの満ちた眼差しで見つめ、子供たち一人一人の言葉に応えていた。
そればかりか、気になっていてもこちらに来ることが出来なかった子供を目ざとく見つけては、自分から声を掛けてオレを見せていた。
何というか、ご苦労なことである。
もし、うみのイルカがオレたちのスリーマンセルの中にいたとしたら、どういう風になっていただろうか。
ふと考えたがすぐ打ち消した。もしもの仮定なんて全く意味がないし、参考にもならない、考えるだけ時間の無駄だ。
おまけに年も微妙に違うし、なんだかんだ言って、ミナト先生が受け持った下忍チームは潜在能力が高い者たちが集まった、所謂選ばれた者たちだった。
子供たちへ穏やかに接するうみのイルカを見るに、能力値は対人関係に極振りしたような、忍びとしては平凡過ぎる人材だ。もし同年代で近くにいたとしても、まず選ばれなかっただろう。
そこまで考えて、らしくない思考にやきもきした。
仮定が無意味といいながら、再び仮定をしてしまう。それはどうにかオレの人生に組み込めないかという仮定ばかりで、悲しくなるほど無意味な所行だ。
「よーし、本日の授業始めるぞー! みんな、席につけー」
授業時間になり、教壇に立つうみのイルカ。
子供たちははしゃぎながら席につき、うみのイルカに注目した。
その様を薄目で見ながら、ぼんやりと思う。
もし、オレもうみのイルカの生徒だったなら、あんなにきらきらとした目で前を向いていられたのだろうか。
基礎忍術論を読み上げる、低く通る声を耳にしながら、子供たちと一緒に授業を受ける姿を夢想した。
真面目に授業を受けるリンとオレにちょっかいをかけようとするオビトの真ん中で、オレはリンのように真面目に耳を傾けていたのか、オビトのちょっかいにやり返していたのか。そこまでは具体的な想像が出来ず空白となった。
だけど、そのとき見た夢は、たぶんいいものだった。
******
「おー。またか、お前。懲りないなぁ」
見知らぬ声を聞きつけ、びくりと体が震えて目が覚めた。
気付かない間に深く眠り込んでいたらしい。
久しぶりに熟睡できたそれに、前後の記憶がすぐに思い出せない。
探すように顔を上向ければ、優しい眼差しでオレを見つめる瞳を見つけてほっと胸をなで下ろして、ぎょっとした。
かなり毒されている。うみのイルカを無意識に探すばかりか、その存在に安堵を覚えるなんて。
術が解けた後に後遺症なんて残らないよねと、術を掛けた女に恨み言を呟いていれば、うみのイルカは起きたオレを手のひらに乗せ、スポイトを横の口から入れてきた。
起き抜けに水を摂取しろと強要されるのは些か思いやりに欠けるのではなかろうか。ま、飲むけど。
朝の一件ですこぶる飲ませることが上達したうみのイルカの手つきに満足を覚えつつ水を飲む。
一口二口飲んで満足したオレは、再び飲ませようとするスポイトを拒絶する。
「うーん、もういらないのか? そんなんじゃ大きくなれねぇぞ」
ちょいちょいと興味を引かせるように鼻をくすぐられたがいらないものはいらないのだ。
つんと思い切り顔を背けると、うみのイルカは不本意そうだがスポイトを退かしてくれた。
「んじゃ、次は”しー”か?」
「ミシャッ」
やるか!
くわっと威嚇するように口を開けてやれば、うみのイルカは目を見開いた後押し殺したように笑い始めた。
二人きりの時だけでもオレの自尊心はいたく傷つけられたのに、ここには第三者の目がある。断固、拒否の構えだ。
水も飲んで一服したところで、周囲を見渡す。
よくよく見ればここは受付所だ。
どうやらアカデミーの授業はとっくに終わったようで、受付勤務に入っているらしい。
時計を見れば、15時を指し示している。
受付の暇な時間帯なのだろう。
任務報告にくる忍びはおらず、受付所内にはうみのイルカのような受付担当の忍びと、事務員が二人、手に湯飲みを持って突っ立っている。
その視線の先にいるのは、うみのイルカの手のひらにいるオレだ。だが触るでもなく声をかけるでもなく、興味津々な視線を向けるにとどまっていた。
「子猫とは、意外でしたね」
「ですよね。お前、いつもは怪我した変な生き物拾ってくるのに、今度はやけにまともだ……。それにしても小さいなぁ。顔つきはしっかりしているから生後すぐってことはないだろう?」
「でしょうねぇ。……トイレも自分で出来そうですけど、毎回促してやってるんですか?」
オレを見下ろしたまま続けられた会話の中で、一、二点引っかかるものがあったが、それにも増して一番引っかかったのは最後の言葉だ。
オレは、一人で、トイレが出来る……!!
雷が落ちたかのような衝撃だった。
脆弱すぎて出来ることすら分からなかったが、年齢的に出来そうな体の作りはしているようだ。
最後に発言した事務方の男に視線を向け、オレはひどく誇らしい気持ちになった。
ならば、じっとしている訳にはいかない。
この体でも尊厳はあるのだ。やれることをやるのだ、オレ!
「まぁ、そうなんですけど、このにゃんこ歩くこともできないし、まして立つこともできないから、俺が補助した方がいいかなぁって。それに何と言っても、あのときの脱力感がかわい」
まさかの排尿の瞬間を口に出したうみのイルカに、思わずオレは立っていた。そう、すくっと四本足で気付けば立っていた。
「え」
「……ミ」
驚きに目を見開くうみのイルカに、オレは自分の体を見て納得する。あ、なーんだ、この体でもチャクラ練れるじゃなーい。
四本足のそれぞれの指をもそもそと動かし、首を左右に揺らす。なるほど、いい感じだ。
どうやら昨夜は死にかけていたため全チャクラが生命維持に勤しむことを優先した結果、自分の中にあるチャクラを見逃していたようだ。
今日は水分と睡眠もたらふくとったおかげでチャクラに余裕が出たらしい。
貧弱な手足はおろか、全身にチャクラを馴染ませれば、普通に動くことばかりか、下忍程度の動きもできるだろう。
自分の才にこれほどまで感謝したことはない。
「ミ、ミ、ミー!」
これから、一人で、トイレに行く!
ぽかんと口を開けているうみのイルカにオレは堂々と宣言する。
ちょっと聞いてんのと主張するオレの横で、受付員が何故か椅子ごと距離を開けた。それに伴って、事務方の二人も身を跳ねさせて大きく後退している。
「やっぱお前、変な生き物拾ってきやがった!! うそだろ、おい! この子猫、おれよりチャクラ量が多いぞっっ」
「う、うみのさん!? だまし討ちとは卑怯ですよ!!」
「やっぱりうみのさんは信用なりません!!」
距離を開けて文句を言う三人に、うみのイルカは首を振り振り弁明する。
「いや、そんなはずは! 昨日まで普通の子猫だったんだって!」
「そんなこと言って、怪我した子犬拾って来て、実は遠い異国の誘拐された獣人の王子様だったじゃないですかっっ! あのとき、どれだけ対応に追われたかっっ」
「その一つ前も、隣の隣の国の王族を守護しているよく分からないくらい尊いカブトムシを保護しましたよね! あのときも訳分からない騒動に巻き込まれて、今でも訳分からなくて夢に出てくるんですよっ!?」
他にもあると、過去の起こったことを口々に言い始めた面々に、うみのイルカの顔は青ざめるばかりだ。
……何というか、オレを含めて、引きがいいのーね。
「おーい、おまえら、何揉めてんだ。報告書、いいか?」
ぎゃーぎゃー騒いでいた中、出入り口で一つ声があがる。
受付所に入ってきた男は、オレにとって馴染みのある顔だった。
「お疲れさまです、猿飛上忍! もちろん、どうぞこちらに!!」
言い合っていた四人はすぐさま定位置に戻り、最敬礼せんばかりに入ってきた髭、猿飛アスマを出迎える。
受付所の机の上で、手のひらに乗せられていたオレも、うみのイルカがさらうようにしてベストの内側の手ぬぐいに収められる。
「お騒がせしてすいません。アスマ先生」
すまなそうにぺこりと頭下げるうみのイルカに、髭はいぶかしげな顔をして、うみのイルカの隣の受付員に報告書を渡す。
そのまま黙って報告をして帰ればいいのに、面倒だと言い放つことが常の男は騒ぎに首を突っ込む天の邪鬼な性格をしていた。
案の定、髭は騒ぎの中心であるオレに目をつけ、うみのイルカへと声を掛けた。
「あー。また面倒事を持ってきたのか?」
視線でオレを指し尋ねる髭。
うみのイルカは顔を大きくひきつらせ、小刻みに首を振った。
「いえ、私にはそのような認識は一切ないんですけども……」
過去の行いがあるせいか、うみのイルカの言葉は歯切れ悪い。
髭はオレより先に里内勤務になっているせいか、そのときの事件を知っているらしい。
黒い瞳におもしろそうな光を宿し、からかうように口を開いた。
「お前はそうでも、事実はちげぇからな。まぁ、今回は他国に及ぶことはねぇことは確かだ。……イルカ、カカシの奴、今、どうしているか知っているか?」
にやにやとお見通しだと言わんばかりに視線をくれる奴が憎らしい。
あいつ、チャクラでオレだと気付いたな?
「え、はたけ上忍ですか? えーっと、確か今は五日間の休養中のはずです。さすがに今何をされているかは知りませんが……。あの、どうしてはたけ上忍の名を?」
困惑したように返す言葉に、髭は「ほほー」と意味ありげににやついた。
あの野郎、何か絶対勘違いしている。
ひとまず動けるようになった体で、うみのイルカのベストから顔を出す。
余計なこと言うんじゃないよと視線に殺気を込めれば、髭はますますにやついた気配を出し始めた。
そして、分かっていると言わんばかりに首を縦に振り、おもむろに話し始める。
「イルカ。あいつもな、悪い奴じゃねぇんだ。ただ、ちょっとばかし自分の気持ちも、人の気持ちも分からなくなっちまった……。言うなれば、迷子の迷子の子猫ちゃん、て奴だ」
「は、はぁ」
うみのイルカは髭の言葉についていけないようで、目を白黒させている。
ちょっと、髭! お前、何言っちゃってんの!!
「あいつはなぁ、自分でも分からない感情にぶち当たると逃げる癖があってよぉ。だから、おめぇを避けるのもそのせいだ。断然被害者はおめぇだが、余裕がちょっとでも、いやカカシの野郎に少しでも情があるなら呆れずに相手をしてやってくれ」
「え、俺、避けられ……!?」
髭の言葉に知らなくても良かった事実が知られてしまった。
多大なショックを受けているうみのイルカにオレは慌てる。
髭ぇぇぇ、余計なこと言ってんじゃないよーーー!!
「ミィィィィ!!!」
余計なことは言わず、とっとと帰れ!!!
シャーッとおまけに出た威嚇音を聞き、アスマは何故かオレを生温かく見守るような眼差しを向けてきた。
「ま、なんだ。というわけだから、頼むぜ」
ガハハハと笑い出しそうな口調で、アスマはうみのイルカの肩を叩くと、受付員の「受理しました」との言葉にうなずき、受付所から出て行った。
「……イルカ、大丈夫か?」
アスマの後ろ姿を呆然と見送るうみのイルカへ、隣の受付員が声を掛ける。その際、ちらっとオレに視線を向けて、目があった瞬間、あからさまに首を背けた反応を見てバレたことを知る。
あんのくそ髭め、余計すぎることをっ。
オレの危惧は当たったようで、受付員はおろか事務方の二人にもそれとなく知られたようだ。
だが。
「……俺、はたけ上忍に嫌われてたんだなぁ。ナルトや、サスケ、サクラの話、ちょっと聞きたかったんだけなんだけど……。あれかな、しつこかったのが悪かったのかな。元担任がうろつくの嫌だったとか?」
肩を落とし、うつろな目で小さく笑い始めたうみのイルカはちっとも気付いていなかった。
え、忍びとしてこれでいいの、この人と、オレは本気で資質を疑ったが、オレの考えとは裏腹に周りは過剰反応を示した。
「ば、ばっか、おま、本人めのま……。いやいやいや!! 違うよ、ぜってぇそれは違うとおれは思うぞ!! だって、な、だって、だって!!」
「そ、そうですよ、うみのさん!! ほら考えても見て下さいっ。嫌っている人の元にわざわ、んんんんごほごほごほっっ」
「あぁぁぁ、あれですよ、あれ!! きっとは、恥ずかしかったんじゃないですカァァァ!?」
まさに苦し紛れについ飛び出たという言葉に、何故かうみのイルカは食いついた。
「……恥ずかしい?」
訝しげに繰り返したうみのイルカへ、周りは乗っかる。
「うんうんうん、そう、きっとどうやって説明していいか悩んじゃったりしたんじゃないかなぁー! だって、あの、はたけ上忍ですものっ。孤高の白銀狼! ね、ネームバリューが凄すぎて、イルカを萎縮せずにどうやって伝えていいか分からなかったとかっ!?」
「あ、あり得ます、あり得ます!! だって、はたけ上忍ですし、私たちとは頭の出来が違うとかもっぱらの評判で、その言葉は凡人には理解しがたいものがあるという話を聞きますし!!」
「せ、せせせせ、千の技を持つ業師とか言いますしぃ! 脳の発達具合がハンパないんですよ、きっと!! きっとぉぉぉ!!」
支離滅裂過ぎて聞けたものではない。おまけに、オレのご機嫌を伺うように、ちらちらと視線を投げる様がうざったい。
しかし、周りは半分恐慌に陥っているといのに、渦中であるうみのイルカはのんきなもので、これまた明後日の言葉を発した。
「……そっか。はたけ上忍、俺のこと気遣って距離を開けていたのか」
『……え?』
予想もしなかったと反応する周り。
オレもそれに便乗したいが、ちょっと疲れた。それもこれも髭のせいだ。
もうどうにでもなれと遠い目をするオレを尻目に、うみのイルカは持論を展開させる。
「あぁ、そっか。そうだよなぁ。相手は一流の忍びだもんな。その言葉を理解するにはそれ相応の知識がいるもんな……。甘かったよ。はたけ上忍と話すには俺はまだまだ修行不足ということだったん、だな」
ふっと小さく笑い、自省し始めるうみのイルカ。
「……え、どうすればいいんですか、これ」
「ちょっと想像とは違う方向に行き始めたような」
「流しましょう! 所詮、我々には荷が重すぎる問題です…っ」
最後の言葉に、残り二人が賛同するように何度も頷く。
周りは周りで事態を収拾することを諦めたようだ。
「分かった、俺、がんばるよ! 自分の力ではたけ上忍を捕まえて、俺がはたけ上忍と対話できるにたる忍びだと証明してみせるっ。その暁にはナルトたちの話を思いっきり聞かせてもらうことにする!!」
「うんうん、そうしろ、そうしろー!!」
「がんばって下さい、うみのさん!」
「応援してます、うみのさん!!」
わーっと何となくまとまった場に、オレは首を引っ込めて再び眠る事にする。
チャクラで身体能力を補助、強化しようが、依然とこの体は死にかけている。余計な体力を使うことは厳禁だ。
「見てろよ、はたけカカシ! 俺は絶対諦めないっっ」
勇ましい言葉を吐くうみのイルカに、再び周りが騒ぎ始める。
そんな騒音を聞きながら、広い胸に耳を当てて目を閉じる。興奮しているためか平素より少し早い鼓動が体に響く。
もっと深く聞きたくなって顔を擦り付けてより密着した。
心と体はそれだけで充足して満足の吐息をつく。残る理性は一体どう感じているのだろう。
自分の内面を探る間に、深い眠りに誘われ、結局その答えを知ることはなかった。