もっと考えろと言われる。
言われて気付く。
考えているつもりだったことが多い。
思考停止している、そう感じる瞬間がある。
どんな時でも学べることを忘れてはいけない。
24時間その視点を持っていればもっと成長できるはずなんだ。
店員さんだって、通りすがる人でさえ学ぼうと思えば学べる。
仕事中は尚更だ。
全然吸収できていないな、と思う。
将来子どもができたら、深い思考力を持った子どもを育てたいと思った。
年齢が上がるにつれ、子は親に干渉されたくないと感じるようになる。
それでも基本的に親は子が心配だ。
最も典型的な例は勉強だ。
勉強は自分のためにやるんだ。
そう言われて育った人は多い。
当時、その言葉の意味を本当に理解できる子はほとんどいないだろう。
勉強を強制されて育った子は、視野が狭くなりがちだ。
何かきっかけがなければ自分で思考する癖が付きづらいように思える。
理想は、自分で勉強することや思考することの必要性に気付いて行動できるタイプだ。
学校の教科なんて勉強の一部に過ぎない。
将来必要なことを逆算して何が必要か見極めなければならない。
だからこそ思考力が必要だ。
結局は考えて考えて考え抜けるかだ。
自頭の良さも思考力と経験によるものだと思う。
深い思考力を持ち合わせていれば、どんな道へ進もうと安心して送り出せる。
困難が来ても柔軟に対応して渡っていけるだろう。
本当にやりたいことがあるならそれを全力で応援してあげられる存在でいたい。
その為にも教育が必要だ。
大人になれば自分の人生に責任を持たなければならない。
それまでに親として、教育者として何ができるか。
きっと親になってみないとわからないことは死ぬほど多い。
今できることは、人間として大きくなること。
教育への心構えを常に持ち続けることぐらいだろうか。