その2からの続きです。

 

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Y: すごいね。ダンスって

ハッピーちゃんにとって

どんなもの?

 

H: めちゃくちゃ

楽しいですね。

もう、だから

”動く瞑想” それこそ。

“動く瞑想”。

 

Y: 瞑想とは?

っていうと。

 

H: なんか自分のその…

アライメント。それこそ、

つながる、ソースと。

カッてなったこう、感じ。

なんか、空間と、リズムと、

自分の身体とっていう

三位一体みたいなのが

ほんと、たまに起きるんで。

そんときめっちゃくちゃ

気持ちよくて。

 

Y: そうなんだー。

 

H: だから今はなんかあの、

今まではその振りを、

振りをこう追うことに、

とにかく、それこそ、

あの、型、型を作るのに

頑張ってたんだけど…

もちろん今も振りは、

型ができてはないんだけど

どっちかって言ったら

意識は今、あの、ベースの

ミュージックの裏の音?

その、トントントトン、

とかっていうそのリズムを

聞いて、そこの待ち合わせに

パチッと合わせれるように、

体を動かしてる感じ。

それがなかなかできないのが

面白いんです(笑)

 

Y: 間違えない、とかいう

域ではなく。

 

H: うん。間違えるし、

もうそんな、振りを、

完璧に、パーフェクトに

やるっていうのであれば、

もう、いくら、

たぶん今世ではそこには

行けないですね、わたしは。

それを求めるのであれば。

目的にしちゃうのであれば。

上には上が、それこそいて、

みたいな。

 

Y: パチって合ったそれがもう、

 

H: そう、その待ち合わせ方は

わたしにしかできないから。

 

Y: 待ち合わせ方。

 

H: それはわたし以外の、

やっちゃんがもしそれを

やったんだったら、

やっちゃんにしかできない

待ち合わせ方だし。

わたしがやったら

わたしにしかできない

待ち合わせ方で。

その待ち合わせ方

っていうのが

踊りとして出たときに、

その人のオリジナルのダンス。

綺麗に振りをやる

っていうのは

心なくして、

それに合わせて、

っていうのは

はっきり言ったら誰でも、

フォーマットでできるし、

それを突き詰めるんだったら

上には上がいることが、

どんどん比較競争に

入ってっちゃって、

おもしろくなくなっちゃう。

 

Y: その感覚は、あの、

ドキュメンタリー作ってる中で

あるような感じがして。

それこそ、出演者の

思わぬエピソードが

撮れちゃったとか。

それがすべてパズルのピースが

あっちゃった瞬間とか、

なんか自分の予測とか

計画を超えて、

なにかがこう、

出会っちゃった、

みたいな。

 

H: これ(このインタビュー)もね。

(笑)

 

Y: ほんとに(笑) 

この瞬間、わーって。

 

H: やばいーってなるよね。

 

Y: そう。

そういうことねー。

 

H: なんか、それが、

ダンスの場合は、

誰にも、なんか、

わからない、っていうか。

なんか、そういうケースだと、

やっちゃんとわたしと

たかひろさん

(やっちゃんの旦那さん)

とか、人が関わって、

わっ、てなるんだけど、

おのれ、ってなんか、

それが起きてるかどうかって

自分しかわからなくて。

そうなの。

 

Y: それがまたいいんですよねー。

 

H: それがまた。いいの。

日本の茶道とか、華道とか

やったことないけど、

なんか、わたし、

そっちにも、もう興味が

このあと向きそうな

気がしていて。

あれもやっぱ、グッと

こう、中に入って。

 

Y: 確かに。

今回、このチャレンジをして

みんなの反応とか。

インスタを見てくれてる

みんなとか。

どんな感じの反応ですか。

 

H: なんか、

やってよかったな、

っていうのがほんとに

率直な感想で。

なんかゼロから今回、

踊りっていう。

しかもわたしが

ヘタクソな状態だから、

それをしかも、

上手い人たちがいる中で、

ひとりで乗り込んで

やっていくっていうその

意識の変え方をゼロから、

なんかやってったら、

“そうやってやればいいんだ”

みたいな。あの

「さちまるがゆく」っていう

インスタを見て、

自分の日常に当てはめて

やってくれてる人が、

すごい増えて。

それがめっちゃ

よかったです。

 

Y: チャレンジしようと

してる人にはすごく

勇気になるよね。

 

H: うん。

だってありがちだもん。

この、わたしが今、

新しい場所行って

引け目感じたりとか、

関係ないって

外野意識でいたりとか、

わたしなんかがっていう

否定的なものとか、

自分なんかが恥ずかしい

とかっていう

そういう思いとかって

結構、誰もが湧きがち

っていうか。

 

Y: 普通そこで

めげちゃうんだけど、

でもその先に行った時に

何をつかめた、というか、

ハッピーちゃんは何を

つかめて、何を体験できた?

そこを負けないで…

負けないでっていうか、

そこを越えたことで。

 

H: え、もうなんか…

楽しい毎日、みたいな(笑)

やっぱほんと、

何も気にしないで生きるって

ほんとにストレスないから。

そう思いません?

 

Y: 思います。

そうなんですね。

 

H: だからミレニアムって

いうか、あの場所も、

今は天国だけど、

わたしの意識の

使い方次第で

地獄にも変わってたな、

っていうのすごい思う。

あの状態であのまま毎日

比較をしながら、

引け目を感じながら、

わたしなんかがって

思いながら

毎日通ってたら。

それでもね、

体力的な馬力で

毎日通えるかも

しれないけど、どんどん

心が疲弊してくから。

ムダ(?)な努力、で踊りが

嫌いになってたと思う。

 

Y: みんなが陥りがちな

その、地獄にしちゃう意識、

パターンってなんだろう?

 

H: 今言った、やっぱ、

自分の見方ですね。

自分の存在に対する

ものの見方が、

否定的だと

どこに行っても、

というか人生自体が

地獄になる…。

 

Y: そこを変えることで

同じ場所が。

 

H: そう。天国になっちゃう。

 

Y: なっちゃうんだー。

 

H: だから何があっても

自分だけは味方でいるとか、

何があっても、それこそ

否定してしまう自分すら

それでいいって肯定するとか。

もう、それのステップを

踏んでいくと、完全に、

もう細胞全部、自分のこと

受け入れられるように

なるから、そしたら、

出来事がどうだから

自分の幸せと不幸がある

っていうのが、まったく

なくなるじゃないですか。

いつもそれができていれば。

いつもその状態であれば。

目の前はただ、景色のように

変わっていくだけで。

あれを持ってるから幸せ、とか、

今、健康だから幸せ、とか、

なんかそういう問題じゃない、

みたいな。

 

Y: はぁ。それは、頑張ってて

そうなったわけじゃなく

今普通にしてても

そういう状態に

なっちゃうってこと?

 

H: なるなる。

これね、なるんですよ。

最初はちょっと頑張りが

もちろん必要。なんか、

気付いたらそれこそ

出てきたりするから。

もうでも、

オートマティックに

なるんですよ。

だって通常は、みんなが

生まれた時はこの意識だから。

ベイビーは。

ベイビーは誰も

否定してないですよね。

何かが入る前は。

 

Y: みんなそうだったんだ。

それがだんだん…。

 

H: だんだんいろんなものが

入ってきて。

てことは。

何か新しいものになる

わけじゃなくて、

元に戻るだけの作業だから、

1回つかんじゃえば、

あ、そうそう! みたいな。

箸の持ち方忘れちゃった、

みたいなぐらいな感じで。

持ってたことあるから。

 

Y: それはもう努力なく

そういう風に存在できるんだ

ってことなんだね。

 

H: できる。

 

Y: それは希望(笑)

 

H: そうなんです。

そのために、いろんな

発信をしてる感じです。

 

Y: で、それ、

いろんな方法…

瞑想やったり、

執事と話したり、

おいしいお茶飲んだり、

それがすべてそこにつながる?

 

H: そう。すべて。

 

Y: そして、その

ソースにつながった

状態っていうのは

どういう状態なんだろう?

なんていうの、

つながってると、どういう…。

この、この自分じゃない

自分になるって感じ?

どんな感じ?

こんな感じなのかなーって

今ちょっと探りながら。

 

H: わたしの場合。なんか。

わたしの場合ですよ、あくまで。

なんか、本当に静かな

静かな…なんか、

静けさの中にいる

感じになります。

周りで、何かが

動いてるんだけど、

なんか、ピタってこう。

その時に、

未来とか過去とか

そういうものが

ほんとに溶けて、

"ほんとに今しかない"

っていうのが、

湧いてくるっていうか。

それが気持ちが…

なんでそれやるの?

って言われたら、

"気持ちがいいから"

みたいな(笑)

 

Y: わたしまだまだ…

今にいるって、たぶん

一瞬ぐらいしかできない(笑)

え、その境地、

体験してみたいなと思って。

もっともっと深めていって。

 

H: (笑) うん。

自分のことを知るっていう

願いと、もっと新しい…

新しいっていうか、

元の自分に戻るっていう

願いさえあれば、

誰でも、全然ほんとは

難しいことじゃない

って思ってますね。

もう、今のしかも

時代の流れで、

みんながそういうのを

理解、みんなしてるから。

 

Y: わたしなんか、

やっぱりあの、

一緒にいる人とかが、

幸せそうじゃないと、

たぶん自分も落ち込んだりとか。

そんなのは、もうない…?

 

H: そうですね(笑)

ない…。

 

Y: そこが結構、

影響すぐ受けちゃう

感じっていうか。

みんなが笑ってないと…

みたいな(笑)

なんか気になっちゃって、

笑かそう、じゃないけど、

なんかそういうのしちゃったり。

それがしんどいタネみたいな。

 

H: なんかそれはね、

わたし、講演会で。自分の。

なんか、それあったんですよ。

昔。

後ろの方で、

笑ってなかったりとか、

つまんなそうにしてる顔見ると、

あ、盛り上げなきゃ、みたいな。

振らなきゃ、とかって

一生懸命やってたんですけど、

結局それやると疲れるんですよ。

めっちゃくちゃ。

で、"あら? 疲れる"

っていうことは

なんかが違う、と思って。

その、ソースの視点とか、

ソースのあり方とズレた時に

なんか、こう、

違和感とか、ね、疲弊とかが

体に出るわけだから

何がおかしいんだろう、

って思った時に、

「その人がその人で在る」

ことを、わたし許してないな、

と思ったんですよ。

その人のコンディションが

あるわけで。その時の。

その時の今を、わたしは、

その人がそれを、結局自分が

気分が良くなりたいがために、

その人が笑ってくれていれば

わたしが、気分が

良くなりたいがために、

あの人が笑わないといけない、

って、その人がその人の今に

いることに許可してないことに

気がついて。

これは良くないな、って思って。

これコントロールじゃないですか。

だから、やーめよと思って、

でそう思ったら、

ふと思ったのが。

わたし、

安室ちゃんのコンサート、

死ぬほどひとりで行くんですけど、

もう誰よりも、たぶん、

会場中の誰よりも、

喜びの中に存在してるんですよ。

コンサート中。

でも、すげーしかめっ面で

見るんですよ。無言。

きゃー! とか、なんか、

言わないもんね。

手も振らないし。

もうなんか、直視しすぎて。

可愛すぎて。なんか…(笑)

だから安室ちゃんがもし、

安室ちゃんがもし

わたしみたいな

当時の意識で

パフォーマンスしてたら、

わたしみたいなお客さんとか、

もうたぶん、ヤバイと思う。

あの人マジでつまんなそう、

みたいな。

で、それでたとえば、

安室ちゃんが一生懸命、

わたしに対して

"もっと盛り上がろう!"

みたいな感じでなにか

やってきたら、

"え、ちょっとなんか

やめてほしい…"っていうか

わたし的には、もう

楽しそうにしてるあの人を

しかめっ面で見ることが、

もう幸せなんですよ。

かわいいーみたいな。

そう思ったら、

“そういうことや!” と思って。

 

Y: 納得(笑)

 

H: 納得したんですよ、

自分で。

"あ、自分もそうだ” みたいな。

マジで盛り上がらない

客なんですよ(笑)

安室ちゃんのコンサート。

でも誰よりも、誰よりも、

喜びの楽しさの中に

わたしはいるんですよ!

“もうこの空間死ぬほど幸せー”

みたいな。

 

Y: なるほどねー(笑)

 

H: そうなんです。

 

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その4に続きます。