麺類においしさを感じない。


今に始まったことじゃない。昔っから思っていたこと。

さすがに客にサービスさせるような分量になったかな?

と微妙に期待しつつそこに王将しかないため、仕方なく王将で食ったが。


腹七分目の量のくせに、そこそこの金額がやっぱり気に入らない。


スープの素がぎりぎりの分量じゃないか?一応、ホントに一応味は確認できる。

薄くは無いが濃くも無い。

非常にコずるさを感じる味だ。


あと麺が少ない。

カップラーメン張りの量に、今回もむかつきが止まらない。

前回は何年前だったか。

ぎりぎり客が損をする分量と金額設定がぱねえ、むかつくわ。


やっぱり行くんじゃなかった。

もう2度といかねえから安心しろ。


王将の名誉の為に言っておくが、餃子はうまい。心配スンナ。






このたびの東北地方太平洋沖地震にて被災された皆様に心よりお見舞い申し上げますとともに

いまだ行方不明の方の無事を心より祈っております。

また亡くなられた方へ謹んで哀悼の意を表します。




私は、姜 尚中とアニマル浜口が人間として好きだ。


きっかけはNHKの「わたしが子どもだったころ」だ。

まあ、だいぶ前の番組だ。

他の出演者については小池栄子、山崎バニラ、坂口憲二を見たが、特に心に残らない。


この二人の録画はいまでも見返す時がある。

それは自分が疲れきってしまったときが多い。


2人とも、穏やかで人をいたわる気持ちを持ちつつ、苦境に遭遇しながら強く生きているというところが励まされるのだと思う。

まあ、そんな人間は腐るほどいるのだが、その腐るほどの人間のドキュメンタリーを一々テレビで放送してくれるなら、そんな奴らにも好感は持てるであろう。

しかしながら、人を労わるということは、他人の痛みを自分のことのように考えられることと司馬遼太郎は言っている。

それは訓練しなくては身に付かず、人間の本能ではないといっている。

この2人はそれが苦しい生活で解っているんだなっていう人間だから、、だから励まされるって思うんだ。


アニマル浜口は「わーっはっは」と「気合だ」というのを、私は彼のことを本当の馬鹿かと信じて疑わなかったが、実はそうではなかった(笑)ということが励みになっているし、姜尚中は、彼自身が在日であるなかでの境遇や人生観を細かく語ってくれた事、また労わりの心がある人柄自体が、人間として非常に好感を持てると思っている。

好感よりも尊敬に近い気持ちである。



なんにせよ、労わる心を持っているこの二人は、私の中で偉大な人物であることは間違いない。

そして疲れた私の心も癒されたわけである。

生き様をありがとう。





byまほ