演奏が終わって、放心状態になっていたわたしを舞台から何とか回収してくれたのは、山田先輩だった。

先輩が引っぱってってくれなかったら、あやうく、集合写真の中に入れないところだった。


本番の演奏が終わってから、何か不思議な魔法にでもかかったみたいに。

からだも、思考も、ふわふわしていて。

自分が今、ここに、いないみたいだった。


そんな状態のまま、写真撮影が終わって、トラックへの楽器の積み込みが始まって。

ティンパニをトラックに載せたところで、やっと、夢見ごこちな状態から、現実へと戻り始めた。


結果発表までの間、他の団体の演奏を聴いて待つか、屋外へ出てしまうかで悩んで。

決心して、再びホール内へ戻ろうとしたときだった。


ロビーに、ぽつんと、背高のっぽの、やたら目を惹くおんなの子が立っているのに、気づいて。


時が、止まる。


「・・・・・・うそ」


呟きながらも。

無意識のうちに、駆け出していて。


秋も、わたしに気づいて、居心地悪そうに笑いながら、軽く手を上げた。


「聴きにきちゃった」


その秋の言葉で。

何かが、吹っ切れた。


久しぶりにきく、秋の、声が。

眠らせていた感情を、呼び覚ます。


こんなにも寂しかったんだっていうことに。

気づいて。

気づいたら、もう、あとは、何も考えられなくなって。


迷うことなく。

秋に、抱きついた。

秋は、驚きながらも、両手を大きく広げて、がしっと受け止めてくれる。


秋への、きもちが。

息を吹き返したみたいに、からだ中から、溢れ出す。


「すき・・・・・・」


こぼれる。

くちびるから。


「・・・・・・え?」


秋が、困惑を隠しきれない声でたずね返しながら、彼女の肩口にうずめていたわたしの顔を両手で包み込んで、やさしく、引き剥がした。


きっと。

わたしの顔は、ひどい。

涙と鼻水で、ぐちゃぐちゃに、なってるはず。

それでも、止められない。


「・・・・・・わたし、秋がね、好きなの。好きで、好きで好きで好きで、好きなのっっっ」


想いよ、

ひるむな。

届くまで、

もう、戻ってくるな。



秋が、わたしの肩を抱いて、人気の少ない場所へ、移動する。


屋外へ出て。

会場から離れた場所にぽつんと立ってる木の幹に、もたれるようにして、ふたりで座った。


「奈々実、落ち着いて?」

「無理だよ、落ち着けないよ、だって、秋が、いるんだもん、嘘みたいで、夢みたいで・・・・・・さっきから、何だかふわふわしてるから、夢かもしれなくて、夢だったら、さめてほしくないから、」

「嘘じゃない、夢じゃないよ?あたし、ちゃんと、ここにいる。奈々実のティンパニ、聴きにきたんだよ」

「だって・・・・・・だって、わたし前に秋に、ひどいこと言っちゃったんだもん!『困る』だなんて・・・・・・自分が怖かったから、そんなこと言って、逃げ出して、秋のこと、困らせて・・・・・・だからもう、嫌われててもしょうがないのに、秋、今、ここにいて。もう、来てくれないって、思ってたから、連絡もしてなかったし、なのに、秋がいるから、」


「ナナっっっ!」


大きな声で。

秋に、そう、名前を呼ばれて。

両肩を、強く掴まれた。


――瞬間。

ずっと昔に、誰かに、そう呼ばれていたような懐かしさに、おそわれる。


驚いて、目を見開いた。


「ナナ・・・・・・忘れちゃったの?忘れてないんでしょ?あたしのこと。8年前も好きで、8年たった今でも、・・・・・・好きで、いてくれてるんでしょ?」


「・・・・・・あ、き?」


「そうだよ。秋だよ。8年前、ナナの前から・・・・・・奈々実の前から、いなくなって、外国に行っちゃった、アキだよ」


アキ・・・・・・?

違う、あのおんなの子は・・・・・・


「アキじゃ、ないよ。その子は・・・・・・」


アミ・・・・・・ちゃん・・・・・・?


あ・・・・・・


わたしは、小さい頃、人の名前をちゃんと言えない子だった。

それで、お母さんに、よく怒られてた。

アユミちゃんのことを、アイミちゃん、とか。

リョウタくんのことを、オータくん、とか。

そんなふうに呼んでいて。


アキ・・・・・・ちゃん。


「・・・・・・小さい頃、ずっと、スカートばっかり、はいてた?」


ひとつずつ、確認していく。


秋は、目元を赤く染めながら、力強く、頷く。


「わたし、よく、キスしたよね?いっぱい・・・・・・したよね?」


「そうだよ。おでこに。ほっぺに。手に。でも、くちびるには、しちゃダメだったんだよね」



アミちゃんが、いる。

目の前に。



嘘じゃない。

夢じゃないんだ。


ほんもののアミちゃん、もとい、アキちゃんが。

今、わたしの目の前にいる。


「くちとくちでするちゅーは、ほんもの、なんだよね?」


秋が大きな目に涙を溜めながら、それをこぼさずに、わたしの顔を覗きこむ。

声が、ふるえてる。

それでも、秋は、話続けた。


「ほんとにほんとに大好きなひとと、ちゅーするときは、くちとくちで、ちゅーするの。それは、ほんもの、なんだよ。ね?」


だから、キスしたんだよ。

奈々実に。

ほんものだから。

したんだよ――


声をふるわせながら、それでも、わたしが信じられるように言葉を紡ぎ続ける秋の、次々にこぼれる涙が、どんな味をしているのか、確かめたくて。

わたしは、秋に、手を伸ばした。


秋と、両手を繋いで。

秋の頬に伝う涙に、キスをした。


くちびるについた秋の涙は、舐めると、しょっぱくて。

でも、もっと、もっと欲しくなって。

秋がこぼした分だけ、秋の涙にキスをした。


もどかしそうに、秋が、繋いでいた手を片方はなして、わたしの頭をひきよせる。


幼かったわたしたちは。

あれから、少し、おとなのおんなの子になって。


ほんもののキスをした。



キスの合間に、秋は何度も囁く。


好きだよ。


好きだよ、奈々実。


ナナ――




8年ぶりの再会は。


ほんのりしょっぱい、涙の味と。


一生忘れたりなんかできない、ほんものの、キスの味。





web clap  clap res