ぴんぽーん。
インターホンが鳴る。
うるさいなあ・・・・・・と思いつつ、薄っすら目をあけて時計を見てみると。
まだ、朝の8時だった。
ぴんぽーん。ぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽーん。
「あーもうっ!うるっさいなあ、ぴんぽぴんぽぴんぽ!」
布団を蹴り上げて、ベッドから飛び降りた。
今日の部活は久々の10時始まりだから、あと1時間くらいは寝ていられたのに。
お父さんとお母さんは仕事だから、もう家にはいない。
妹の小夜(さよ)は、中学の夏期講習があるって、昨晩ぼやいてた。
ようするに・・・・・・
「はい!どちらさま?!」
家には、わたし一人だけ、なわけで。
チェーンをはずして、ありったけの力で玄関のドアを開け放った。
・・・・・・目が、点になる。
開け放ったドアの向こうには、猫の姿ひとつ、見当たらなかった。
「・・・・・・もー、やめてよー、朝っぱらから、いたずらとか」
今時ぴんぽんダッシュとか流行んないでしょ。
ぶつぶつ言いつつ、ドアを閉めようとした、その時だった。
ものすごい力で、誰かに腕をねじ上げられる。
後ろ向きにねじ上げられてしまって、それがいったい誰なのか、見ることはできない。
「痛っっっ!!!」
あまりの激痛に悲鳴をあげると、そいつはもう片方の手で、わたしの口を塞いだ。
声が、出ない。
というか、息すら、できない。
涙目になりながら喘いでいると、背後から耳元で、聞き覚えの無い声が、言った。
怖ろしく、低い声だった。
男だ。若い感じの・・・・・・
「真川奈津子を返せ」
・・・・・・は?
どういうことよ?
っていうか、あんた、誰?
「真川奈津子を、U響へ返せ」
背筋が寒くなる。
真川さんのお父さんのことが、脳裏をよぎった。
「さもないと・・・・・・お前が最悪の状況になる」
そう言うと、ものすごい力で、わたしの身体を家の中へ突き飛ばした。
腕が痛い。
うまく息ができなくて、咳き込んでしまう。
でも。
顔だけは、見ておかなくちゃ・・・・・・
ぼやける視界の中、逃げていく相手の姿を、懸命に目に焼きつけようとした。
けれど、その後姿はもうずいぶん遠くなってしまっている上に、全身黒ずくめで、特徴がなさすぎる。
かろうじて、黒のキャスケットからゆるくうねった髪がはみだしていることから、髪が長めだということはわかった。
でも、それだけだった。
あっという間に、一番近い路地に入ってしまい、完全に姿を消した。
男が見えなくなった途端。
足が、がくがく震えだす。
「こわ・・・・・・かったー」
その場にへなへなと崩れ落ちて。
自分の腕で、両肩を抱きしめた。
めちゃくちゃ怖かったんだっていうことに、今やっと、気づく。
どうしよう。
誰かに、言った方がいいのかな・・・・・・
でも、名前が挙がった真川さん本人には、話さない方がいいかもしれない。
むしろ、話したくない。
彼女ならきっと、わたしがこういうことにあったって知った途端、父親の首を絞めに行くだろうから。
真川さんを犯罪者にはしたくない。
・・・・・・秋には?
いや・・・・・・ダメだ。
秋を、こんな危険なことに巻き込むわけにはいかない。
それに秋は今、リハビリ中で、一番大事なときだ。
わたしたちは、県大会を突破してから、本気で全国を目指している。
もう、休みなしで、がむしゃらに。
次の支部大会を、何としてでも抜けるために。
真川さんも、そういう気持ちで動いてる。
全国。
全国大会が、無事に終わるまで・・・・・・
これは、わたしだけの、秘め事だ。