ちらちら、見られてる。
さっきから。
真川さんの視線が、痛い。
思うような力で、マレットをふりおろせないことに。
気づいたのは、わたしよりも真川さんの方が先だったかもしれない。
合奏開始後。
わたしのffの一打で、真川さんはわたしを見た。
けれど、しばらく様子を見ようと思ったのか、指揮を止めることはなかった。
そのうち、わたしが、右腕に走る激痛に冷や汗をかくようになって。
それで初めて、いつもみたいに微妙な力加減ができないことに気づいた。
思うように叩けないことで、焦りが生じる。
右腕をかばいつつも、何とかラスト8小節目までこぎつける。
――けれど。
一番もりあげなきゃならない、最後のffのロール部分で。
わたしはついに、右手に持ってたマレットを、床へ落としてしまった。
マレットは少しだけころがって。
わたしの足元から、遠のく。
隣りでスネアを叩く山田先輩も、わたしの異変に気づいてる。
どうしよう・・・・・・
問い詰められる。
■ □ ■
「酷いね、これ」
お昼休憩の、保健室。
窓の白いカーテンを揺らして入ってくる風が、火照ったわたしの腕を、心地よくかすめていく。
「なんでこうなったか、訊く資格はあるよね?私には」
真川さんが、真っ赤になってるわたしの腕を持ったまま、そう言った。
結局、合奏中にわたしの腕の異変に気づいた真川さんは、保健室へ、強制的にわたしを連行した。
「一週間後には、支部大会なんだよ?」
憎い。
今朝、腕をねじりあげた、あの男が。
わたしの右腕は、真っ赤で、熱を持ってる上に、すごい力を入れられたってことがわかるくらい、男の指の痕までついていた。
「・・・・・・妹と、喧嘩しちゃいました」
「妹さんはレスリング部か何かの子?ずいぶん手もごついんだね」
・・・・・・見破られてる。
確かに、この指のあとはどう見たって、男のものだ。
「妹と殴り合いの喧嘩してたら、父が止めに入って。そん時に、腕をねじあげられて」
それでもまだわたしは言い訳しつづける。
しつづけなきゃ、ダメだ。
「・・・・・・こんな可愛らしい娘の腕に、痕が残るくらい?」
真川さんが、椅子に座ったまま、わたしとの距離を縮める。
わたしの、おろしたままの髪を、そっと撫でて。
首をかしげた。
でも。
そのあとはもう、何も訊かれなかった。
丁寧に、湿布を貼られる。
途端に、涙がこみあげてきた。
不甲斐無さ過ぎる。
わたしが、無防備すぎた。
誰だか確認もせずに、玄関の扉を、あけた。
「真川さん・・・・・・ごめんなさい。ごめんなさい」
涙を見られないように、深く頭を垂れていた。
目の前が、薄暗くなる。
少しだけ顔を上げると、真川さんが、わたしの頭を抱えるようにして、抱きしめてくれていた。
「わたしが良いっていうまで、叩かなくていい。でも、なまらせてもらいたくないから、基礎練と、部分練習だけは欠かさないで。湿布は必ずはりかえて、腕の治療は最優先させること。それで、支部大会には出て貰うから。わかった?」
顔を上げずに、わたしはうなずいた。
そして。
わたしはこのとき、あることを決意する。
女の直感で。
何となく、支部大会までにもう一度、あの男が接触してくるような気が、する。
今度は、どんな目に合わされるのか、わからない。
真川さんを、絶対に全国へ連れて行きたい。
今の完成度だと、たぶん・・・・・・
支部大会は抜けられるはずだ。
パーカッションの先輩たちの顔を、思い浮かべて。
その中で、いちばん、わたしと叩き方が似ているひとを、探す。
いちばん近いのは、小物担当の緑先輩だ。
なぜ楽器決めの時に小物に挙手したのかわからない程、緑先輩はティンパニを叩くのがうまかった。
春の新入生歓迎会のときの吹奏楽部の演奏で、ティンパニのひと、結構うまいなあ・・・・・・
と思って、首を伸ばして目に留めたひとが、緑先輩だった。
先輩になら。
安心して、任せられる。
ティンパニを。
わたしがこれから先、どんなことになっても。
花高吹奏楽部を、何としてでも、全国大会へ・・・・・・
そして。
全国大会で、金賞を。