――コンクールが終わるまで。
秋ちゃんのことは、忘れて。
私のことだけ、見てて。
あんたの・・・・・・
奈々実のぜんぶを、私にあずけて。
大切にするから。
うんと、大事にする。
だから、
『今は、私にちょうだい』
「さな・・・・・・がわ、さっっっ」
がばっと、起き上がる。
いつも使っているものよりも肌触りのいい布団が、ベッドの上から落ちた。
「なに。ここにいるじゃん」
声がした方を、慌ててふりかえる。
ベッドサイドの小さなテーブルにスコアをひろげて。
背もたれのある椅子に三角座りをした真川さんが、どこで調達してきたのか、プリンをほおばっていた。
「おはよ。ぐっすり寝てたね」
「お・・・・・・お、はようございます」
と、朝のあいさつをしながらも。
わたしの目は、真川さんの生足に、釘付けになる。
真川さんもまだ起きて間もないのか、いつもはすとんっと落ちている髪のてっぺんが、少しほわんっと浮いていたり。
目が、とろんっとしていたり。
そして何よりその・・・・・・タンクトップ一枚に、下はショートパンツっていう、あられもない姿に。
一気に、目が覚めた。
「そんな見惚れないでよ。照れるから」
スプーンを口にくわえたまま、真川さんは三角座りをしていた椅子からおりると、窓のカーテンを開けた。
するどく差し込む光に、わたしは目を細める。
えーっと。
ここは確か・・・・・・どこ?
「あんたまさか、昨日のこと覚えてない?」
「・・・・・・覚えてないことも、ないんですけど」
「おいおい。とんだ眠り姫だねー」
「喫茶店を出て、家まで送るって真川さんが言ってくれて、帰りたくないってわたし、ダダこねて、そしたら真川さんがお母さんに電話してくれて・・・・・・何か、喋ってて・・・・・・て?」
「そこまでか。そこで落ちたんだね」
「・・・・・・あとは、なんか、真川さんが、手をひいてくれて、気持ちいい布団の中に」
「そうそう。お母様に大事なお子様を一晩お預かりしますって、ことわりの電話いれて、手近なホテル入って、ねぼけまなこのあんたを着替えさせて、ベッドに入って。それから・・・・・・何したか、覚えてないの?」
ベッドに入って・・・・・・
何を、したか?
・・・・・・何をしたんだ?!!
思わず、胸元をぎゅっと握りしめる。
どうしよう・・・・・・
わたし、初めてだったのに!
「あはは。あんた、ほんとかわいいねー。うそうそ。何もしてないよ。何かしようにも、何の反応も返ってこなさそうなくらいすぴすぴ言ってたもん、あんた。よっぽど疲れてたんだね」
「・・・・・・・・・真川さん、きらいですっっっ」
「それは困る。これから、一緒に音楽つくってかなきゃいけないのに」
そう。
そのために、わたしが欲しいと。
真川さんは、言った。
コンクールが終わるまで。
わたしの、身も心も。
真川さんとつくる、音楽の、ために。
「さあ。かえろっか」
真川さんは伸びをすると、からっぽになったプリンの容器をゴミ箱へ捨てた。
ホテルのお泊り代も、結局、真川さんもちで。
帰りの車の中で、昨夜から、とことん真川さんに甘えまくっていることを、反省した。
家の前まであと少しという所で、真川さんが急に、ブレーキを踏んだ。
「奈々実。どうする?」
真川さんがあごで示した先には。
わたしの通学鞄を持って、わたしの家のすぐそばにある電柱に寄りかかっている秋の姿が、あった。
「・・・・・・もう、これ以上真川さんには甘えられません。ここで降ります」
それから、昨夜からのことに、心から、お礼を言った。
真川さんは苦笑すると、何だったら今日、休んでもいいよって。
言ってくれた。
今日は日曜日で、このあと10時から練習が始まる。
わたしは首を横にふると、最後にもう一度だけ頭を下げて、助手席を降りた。
車のドアをしめる音で。
秋が、こっちを振り向く。
今にも、泣きだしそうな顔をして、立ってる。
フック船長に一撃で負けちゃいそうなピーターパン。
そんな、普段見せないあなたの姿が、よりいっそう、いとおしくて。
胸が、はりさけそう。