眠れなかった。


昨夜は、家に、帰りたくなくて。
奈々実を押し倒したベッドに、入るのが、怖くて。
シマばあちゃんに無理を言って、泊めてもらった。

久しぶりに、ダダこねた。


だだっ広くて、新しくて。

人が使わなさすぎてキレイを保ってる、無機質な自分ちで、ひとりで眠るよりも。
真ん中に布団を一組敷けば、もう、足の踏み場がないような狭い畳の部屋で、シマばあちゃんといっしょに眠れることの方が。
まぶたの裏側が熱くなるくらい。
安心できた。
安心できたけれど・・・・・・
一睡も、できなかった。



「おはよー」


先に声をかけたのは、奈々実の方だった。

奈々実の家の前で、朝の8時前くらいからうろうろしていた。
奈々実は今日も部活があるはずで。
9時か10時始まりなら、それくらいの時間には、いた方がいいだろうと思った。
昨夜、奈々実が忘れてった、通学鞄。
失礼して中を拝見すると、財布も入っていて。
届けることにした。
前に、夜に公園で会った帰りに奈々実を送ったことがあったから、家は知ってた。


だけど。

ピンポンを押す勇気が、なくて。

奈々実が、家から出てくるのを、待ってた。


近くで車が停まる音が、したような気がした。
気がしただけで、たいして関心は持たなかった。
頭の中で、奈々実にどうやって話を切り出すか、ずっと、考えあぐねていたから。

でも。

車のドアがしまる音がしたとき。
予感が、して。

そっちを向くと、奈々実が、立っていた。


さっと、運転席の人影に、目を走らせる。
そこには、心配げな瞳で奈々実を見つめる、あたしの知らない女がいた。
彼女は奈々実に笑いかけると、ハンドルを握りなおした。
あたしの横を、走り抜けて行く。


お腹の底に、ぐっと、力が入る。
正体のわからない何かが、煮えくり返っていた。


だれ、奈々実。
なんで、いっしょにいたの?
昨夜から、いっしょにいたの?
だれ、だれ、だれ・・・・・・


「昨日は、ごめんね」


奈々実のことばに。
あたしは、顔を上げた。
どうして奈々実が謝るわけ?


「わたし・・・・・・びっくりしちゃって。でも、あれは、事故みたいなもんだよね」
「ちがっっっ・・・・・・」


そんなことに、しないで。
事故だなんて。
そんなわけない。

そんなわけない、って。
叫びたいのに。
お腹の底から叫びたいのに。
声が・・・・・・


「だって。秋は・・・・・・」
「あたしが・・・・・・何?」


うつむいて。
奈々実は、あたしとの距離を、詰めた。


とんっ・・・・・・と。

あたしの胸に、奈々実の拳が突き立てられる。


「秋は・・・・・・おんなの子を好きにはならない、おんなの子だから」


奈々実の拳を、あたしは自分の手のひらで、そっと、包み込んだ。


「奈々実、もしかして、何か見た?」
「・・・・・・見てない」
「じゃあ、何か、聞いた?」


あたしが、奈々実を引き寄せたくて彼女の背中に手をのばそうとすると。
奈々実はびくっと、からだを強ばらせた。
そしてあたしから離れると、こくりと、うなずいた。


「聞いた。上松未来を・・・・・・ふってた」


あー。
やっぱ聞かれてたんだ。
あのとき、誰かの足音が聞こえた気がして。
一瞬、振り返った。


そんな気が、していた。
奈々実が、青いベンチへ突然こなくなったり。
あたしを避けてるようなところがあったのは。
やっぱり、あのとき、未来とのやりとりを、聞いてたからなんだ。


あたしは急いで奈々実に弁解しようとした。


「でもね奈々実、ちがうんだよ、あれは」
「・・・・・・ちがったら、困るよ」
「・・・・・・え?」


「ちがったら、困る!」


あたしの手から通学鞄をもぎとって、「鞄、ありがとっっ!」って、噛み付くように礼を言うと。
奈々実は、すごい勢いで家の中へ入って行った。



――胸が痛いのは。


奈々実が突き立てた拳のせいだろうか。


それとも。






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