写真は、苦手だった。
本番後にある記念撮影。
絶対に入りたくないと思って、こそこそその場から逃げ出そうとしていたら。
運悪く、ホルンで一番苛めてやった女子に、見つかった。
「・・・・・・奈津子さん、もしかして、写真、苦手なんですか?」
ごくりと唾を飲み込むと同時に、両腕をがしっと掴まれ、身動きがとれなくなる。
片方の腕には、ホルンの女子。
もう片方の腕には・・・・・・
「みーつけた」
眉下できれいに切りそろえられた前髪で、元々大きい目がますます大きく見える。
ふわふわとしたカール強めに巻かれた髪は・・・・・・
二年前のクリスマスのときは、胸くらいまでだった。
――ずいぶん・・・・・・伸びたんだね。
「奈っちゃん、写真、撮っておいで」
いたずらっ子みたいに笑って。
ホルンの女子に、私を連れていくよう命令した。
私の腕に絡められていたその、結衣の腕が、ほどける。
いや、それどころじゃない。
写真なんか、撮ってる場合じゃ・・・・・・
ほどけた結衣の腕を取り戻そうと、ホルンの女子に抵抗した。
「罰だよ」
結衣が、ふっと、切なげに瞳を揺らして、言った。
「私を・・・・・・置き去りにした、罰。だよ」
大丈夫。
写真撮影が終わるまで、ここにいるから。
ここで、奈っちゃんが罰受けるの、見てるから。
こんなに面白いこと、滅多にないもん。
だから、ちゃんと。
見てる。
そう言って。
結衣は、近くの花壇まで下がると、腕組みして。
緊張でかちんこちんに固まった私を、笑いながら見ていた。
■ □ ■
「どうして・・・・・・わかった?今日、振ること」
会館の外の、駐車場に面した喫煙スペースで。
私は煙草に火をつけながら、結衣にきいた。
ライターを持つ手が、少しふるえる。
隠すのに、必死だった。
「うん。ちょっとしたツテで。っていうか、今日の審査員の中に、友達がいる」
「・・・・・・打楽器奏者の?」
「あたり」
コンクリートの壁にもたれて、煙をはく。
遠くで、蝉が鳴いている。
盛夏。
結衣を置き去りにしたのは、今とは真逆の季節だった。
携帯の番号まで、変えた。
ごく親しい者にだけ、変えたことを伝えた。
結衣には、教えなかった。
どれだけ、探したんだろうか・・・・・・
けど、そんなこと、怖ろしくてきけない。
「振り方、やっぱ吹奏楽は違うね。ずいぶん練習した?」
オーケストラでの指揮と、吹奏楽の指揮は、振り方が違ってくる。
正直、かなり練習した。
できれば、誰かに教えを乞いたかった。
でも。
私の尊敬する人には皆、父親の息がかかっている。
結局、独学だった。
「うん。練習した」
返事をしつつ、灰を落とそうと、灰皿を寄せた。
そのとき。隣りから、白い煙が流れてきて。
驚いて、結衣を見た。
「結衣?・・・・・・たばこ、」
確か、結衣は煙草を吸わない子だったはずだ。
いや、絶対、吸わなかった。
「・・・・・・奈っちゃんがいなくなってから、吸ってる」
どうして?
吸わなかった、むしろ、煙たいって。嫌がってたのに。
「煙草の匂いで、奈っちゃんのこと、思い出してた」
遠くを見つめながら煙をはきだす結衣を、私は呆然と見つめた。
「だって。奈っちゃんとキスしたら、いつも、煙草の味がしたから」
煙草は嫌い。
でも、奈っちゃんは好き。
奈っちゃんとキスするときの、煙草の味は、好きだったの。
微笑みながら言う結衣のからだを。
まだ残っている煙草を灰皿の上で押しつぶしつつ、ひきよせた。
「奈っちゃんは、勝手だね」
泣くのを我慢しているときの結衣の顔が、実は一番好きだ。
「ごめん」
謝って、結衣の目じりに、くちびるを押しつけた。
こんなひとことだけの謝罪で、到底、許してもらえるはずもない。
「勝手だよ・・・・・・奈っちゃんは。ひどいおんな」
「うん。ひどいおんなだな、ほんと。ごめん・・・・・・結衣」
「私ね、あの後すぐ、U響、辞めたの」
途中まで吸った煙草を、私に突き出しながら、結衣が言った。
受け取るつもりが、結衣の告白があまりにも衝撃すぎて、地面に煙草を落としてしまう。
「・・・・・・は?何で?結衣は辞めなくていいはず」
そこまで言ってから、しまった、と。思った。
結衣は、私が父親と交わした約束のことなんて、一切、知らないはずだったから。
「やっぱり」
結衣が、大きく大きく、ため息をついた。
「そーいうことだったんだよね。奈っちゃんは、あの時、真川弘一と、もめてた。真川弘一は、私たちが付き合ってること、知ってたもんね?そいで、何か言われて・・・・・・私をかばった。私の未来を想って、私を置き去りにしたんだよね?そいで、U響まで、辞めた・・・・・・」
「結衣・・・・・・それは、」
「認めてもらわないと、ダメ?」
「え・・・・・・?」
結衣のことばに、息をのむ。
「誰かに、認めてもらわないと、ダメなの?私たちは。私たちだけじゃ、ダメなの?私と、奈っちゃんだけじゃ、ダメなの?」
だって、結衣。
わざわざ私が、あんたを苦しめる意味なんて、まったくないんだよ?
「私は、奈っちゃんがいいの、奈っちゃんじゃないとダメなの、奈っちゃんがいないU響にいる意味なんて、まったくないんだもん!だから、みんなから凄い勢いで引き止められたけど・・・・・・」
真川弘一に・・・・・・私の父親に、譜面台投げつけて。
本番一時間前のリハ中に、舞台を降りてやった、なんて。
面白いこと言ってくれるから。
「・・・・・・もー」
もの凄い脱力感におそわれて。
結衣の肩に、もたれかかった。
「どうせ苦しめられるなら、私、奈っちゃんに苦しめられたいよ・・・・・・」
結衣。
しらないよ?私。
これから、どんなことになっても。
あんたのこと、もう二度と、離したくないって、思っても。