「ただいまー」
シマばあちゃんちへつくと、秋はそう言いながら玄関のドアを開けた。
・・・・・・ただいま?
「はいはいは~い」
手前の扉がぎーっと音をたてて開く。
中からは、先日、秋のバレーボールの練習試合でお互い我を忘れて応援した、かつての同志が・・・・・・
もとい、シマばあちゃんが、顔を輝かせながら登場した。
「よう来てくれたねえ。奈々実ちゃん、ってかわいらしい名前があったんじゃないか。あんときは二人とも夢中だったから、お互いの素性なんか知り合おうともせんかったからねえー」
まがった腰にのせていた手をおろすと、シマばあちゃんはわたしの両手をとって、きゅっと握った。
しわしわの手は、少し、冷たい。
「お久しぶりです、おばあさん。高殿奈々実っていうんです、わたし。あのときはほんと、夢中で・・・・・・」
「んー?二人とも、いったい何に夢中だったのかなー?」
わたしとシマばあちゃんが手を取りあう間に、秋がそう言ってわりこんできた。
いじわるな顔で、わたしとシマばあちゃんを交互に見る。
し、しまった!
「そんなの、きかんでもわかるだろうに!秋ちゃんに、ゾッコン★だったんだよう!ねえ、奈々実ちゃん」
「・・・・・・は、はあ」
正面きってはっきり答えるシマばあちゃんが、きらきら光って見える。
うらやましいなあ・・・・・・
「まあまあ、玄関で立ち話もなんだから。っていうか、あたしゃこの日をどれだけ楽しみに、心待ちにしていたか!」
シマばあちゃんが、わたしと秋の手をひいて、居間らしき部屋へと招きいれた。
おばあちゃんの家は、木造の平屋だった。
足を踏み入れた部屋は、必要最小限の家具があるだけの、こじんまりしたつくりになっていて。
土壁に、古い鳩時計がかかっていて、畳も色がくすんでいる。
すぐ右手には狭そうな台所があるのが、紺色ののれんの隙間から見えた。
「おんぼろの家だけれども。幽霊はでやせんから」
シマばあちゃんはそう言って笑いながら、部屋の真ん中にあるちゃぶ台の前に、わたしと秋を座らせた。
そして。
ちゃぶ台の上にかぶせてあったチェック柄のクロスを、さっと引くと。
「わ・・・・・・すごー!これ、シマばあちゃんひとりで作ったの?」
そこには、料理本にのっていそうな、色とりどりの食材を使った料理が、並んでいた。
3人がかりでも到底食べきれそうにない量で。
主に和風のものが多くて、そのいで立ちは、京都のおばんざいみたいだった。
「若い子向けに、と思って頑張ってみたんだけど。どうもばばあが作ると、醤油っぽい色になっちゃって困るねえ」
「そんなことないです、すっごく美味しそうー・・・・・・」
実際、わたしはもうよだれがたれる寸前だった。
きゅるるるー。
「・・・・・・っっ!!」
わたしのお腹の虫が、思いっきり本心をばらしてくれる。
秋とシマばあちゃんが、真っ赤になってるわたしを見て、プっとふきだした。
わたしも、ふくれっ面だったのはほんの一瞬で。
みんなにつられて、笑顔に便乗する。
みんなの豪快な笑い声が、シマばあちゃんちの屋根を突き破って、どこまでも、高らかに響いた。
■ □ ■
「でー、こっちがほんとの、あたしんち」
シマばあちゃんの食え食え攻撃を真正面から受けてたっていたけれど。
ついに、秋もわたしも、お箸を置いた。
わたしが作ってきたお土産のアップルパイをデザートに切ろうっていう話になって。
秋が、その前にちょっと休憩がてらあたしんちも招待してくるよっていう。
話になって・・・・・・
心の準備も何もできないまま、秋の部屋へ突入。
「でっかい・・・・・・おうちだね」
シマばあちゃんの家にいたあとだから、余計そう感じるのかもしれなかった。
秋の部屋も、わたしの部屋の3つ分くらいは、ある。
「まーね。・・・・・・でも、でっかいばっかりで、ちっとも面白くない家だよ。あたしは、シマばあちゃんちにいる方が好きなんだ」
・・・・・・秋?
ふかふかのベッドに足を投げ出して座り込む秋の横顔は、いつにも増して、クールに見えた。
ううん、クールというより・・・・・・
感情を、押し殺している。ような。
「そうだ、秋の中学ん時のアルバムとか見たいかも」
わたしは暗い雰囲気に飲み込まれそうになっていた秋を元気づけたくて、違う話題をふってみた。
「えー、恥かしいよ」
「中学んときも、女バレだったの?」
「・・・・・・んー」
秋が、もじもじし始める。
本棚に差してあったアルバムを取り出すも、なかなかわたしに渡してくれない。
わたしは、もじもじする秋がおかしくてたまらなかったけれど、ふきだすのを何とかこらえて、秋の手からアルバムを奪った。
3年3組の個人写真の中の、秋。
今の秋から、色気を少し抜き取ると、中学の秋になるみたい。
髪型も今より少し短いくらい。
秋はきっと、ベリーショートが似合っちゃう顔だ。
ページをめくっていく。
遠足。秋が、大きな口でおむすびをかじろうとしてる。
体育祭。秋が、リレーのアンカーで前の子を抜こうとしてる。
文化祭・・・・・・
わたしは、目を見開いた。
「これって・・・・・・ピーターパン?」
秋が、そっぽを向きながら、頬を染めている。
その写真には、フック船長にふんした男子に勇敢に立ち向かう、ピーターパンの衣装を身にまとった秋が、写っていた。
「この劇は、クラスの出し物?・・・・・・じゃなくて、もしかして」
「演劇部。だったの!」
え・・・・・・ど、どうしよう。
秋が。
秋が、素敵すぎるっっ!
わたしはそのページを開いたまま、ピーターパンの秋から目を逸らすことができなかった。
この写真、欲しい。
「もういいでしょっ」
秋の手がのびてきて、アルバムを取り上げられそうになる。
やだ、もうちょっと、見ていたい。
「んーん、もうちょっとだけ!」
「ダーメ、もう、おわり!」
「やだー!見るー!」
とさっ。
足がもつれて。
まわりの風景が、スローモーションで、変わっていく。
わたしは、ふかふかの何かの上に、仰向けで、倒れていて。
それが、秋のベッドだっていうことには、気づけなくて。
気づけないくらい、秋の顔が、もう、すぐそこに、あって。
わたしは、息をのんだ。
秋が、まばたきしないで、わたしを見つめる。
秋の長いゆびが、わたしの頬に、そっとふれて。
一瞬間。ためらったようにも見えたけれど。
次の瞬間にはもう、ふっきれたかのように、両手でわたしの頬をつつみこんで。
ひきよせた。
わたしは、そこに、縫いとめられる。
まばたきも、呼吸も、忘れて。
忘れさせたのは、秋。
秋のくちびるが、わたしのくちびるに、ふれているっていう。
事実。