「ばーちゃん、ごはんまだー?」
「もうちょっと待っておくれ。まだ大根に火が通りきってないんだよ・・・・・・っていうか、秋ちゃんのおうちはお隣のはずなんだけどねえ。何でまた最近、毎日こっちにいるのかい」
そんなの。
シマばあちゃんちの方が、居心地がいいからに決まってるじゃん。
自分と、血のつながりがない他人の家の方が、自分の家より、居心地がいいのは、いったい、どういうわけなのか。
「あんたのお父さんは、立派な家を建てるだけたてて。あんまり帰ってきやしないからねえ・・・・・・お母さんとは連絡とってるのかい?」
お母さんの話しは、しないで欲しい。
お父さんの話しも。
ふたりとも、あたしの中ではつねに不在だから。
「めんどくさいからとってなーい。それにもう、あたしのお母さんじゃないし」
居間でテレビを見ながら寝そべっていたら、シマばあちゃんの足音が、近づいてきた。
ごろんっと寝返りを打つと、シマばあちゃんは腰に手をあてて、怖い形相であたしの顔を、のぞきこんでくる。
「そんなこと、言うもんじゃないね。あんたを置いて家を出て行っても。あんたのことをうんうん唸りながら産んだのは、あんたの母親しかいないんだからね」
秋ちゃんのお母さんも、お父さんも。
世の中に、たったひとりしか、いないんだよ。
秋ちゃんという生命を誕生させた、あかんたれでも素晴らしい母親と父親だ。
こんなばばあも、ときめくぐらい、素敵なおんなの子を、よくぞ、産み出してくれた!
そう言って、シマばあちゃんは、あたしのからだをぎゅーっと抱きしめた。
シマばあちゃんからは、白檀の匂いがする。
お線香は、居間の隅の、小さな手作りのお仏壇で、毎日ひっそりと、細長い煙をたちのぼらせている。
飾られている遺影は、シマばあちゃんの旦那さん、ではない。
シマばあちゃんは、結婚をしなかった。
ただ、ひとりのひとだけを、想いつづけて。
年をとった。
今年で77歳になるらしい。
ラッキーセブンじゃ★
って、本人ははしゃぎまくってるけれど。
シマばあちゃんの想い人。
チヅさん。
遺影の中で、花のように笑うおさげのチヅさんは、戦火の中で、命を終えた。
「ねえ・・・・・・ばあちゃんはさあ、」
「秋ちゃん、ばあちゃんって、呼ばないでおくれ。シマちゃんって、呼んで」
チヅさんが、そう、呼んでいたように。
あたしは、シマばあちゃんのからだを抱きしめ返しながら、耳元で、彼女のなまえをささやいた。
「シーマちゃん。ねえ、教えて?」
「なんだい、秋ちゃん。あんたのためなら、あたしゃ何だって答えるよ」
「シマちゃんはさあ、」
なんでだろう。
言葉を紡ぐたびに、のどの奥が、じんわり、しょっぱくなってくる。
鼻先も、ツンと、痛い。
「チヅさんのこと、・・・・・・どんくらい、好きだった?」
シマばあちゃんは、顔を上げて、あたしの頬をなでた。
「・・・・・・そりゃあね、まあ、こんなになるくらいまで、好きだったよ」
シマばあちゃんの髪は、白い。
肌にも、皺がたくさん刻み込まれていて。
腰も、だいぶ曲がってきた。
「もう、77になった。それでも、いい歳こいてまだ・・・・・・」
「ばーちゃん!お鍋、ふいてるっっ!」
あたしは、シマばあちゃんを居間に置いて、狭い台所へ、走った。
鍋は、ふいてなんかいない。
ふたをあけると、湯気がたちのぼって、大根がぐつぐつ煮える音がした。
自分からきいておいて。
逃げ出した。
あたしは・・・・・・
なんて無責任な、おんななんだろう。