わたし、高殿 奈々実(たかどの ななみ)は、一生分の運を、使い果たしちゃったのかもしれない。
「奈々実って、その髪何ていう色に染めてるの?」
そうきいてくるのは、いつもわたしが目で追っていた、篠原さん本人。
わたしの妄想なんかではなく、リアル。
彼女は今、いつもの青いベンチにて、わたしの隣りであまいサンドイッチを食べてる。
白いふかふかした食パンに、マーガリンとはちみつをぬっただけの、シンプルなサンドイッチ。
もぐもぐと動く篠原さんの口元をぽーっと眺めてたわたしは、慌てて正気を取り戻す。
「こ、これは地毛なの。よく、染めてるのと間違われて、中学んときも先生に注意されたりとか・・・・・・しょっちゅうだったよ」
手に持ったまんまのクッキーは、まだ一つもかじっていない。
っていうか、かじれない。
何だか恥かしいのと、それから、かじってる場合じゃない!って、思うから。
少しでもたくさん、見ていたい。
だって、いつも遠くから見てるだけだった篠原さんが、今、わたしの隣りにいるんだよ。
――それはもう、キセキと同じ。
「マジで?キレイな地毛だねー。うらやましい」
そう言うと、篠原さんは食べかけのサンドイッチをケースに置いた。
目の前が突然、暗くなる。
なに・・・・・・?
視線を上げると、そこには篠原さんの顔がめちゃくちゃ近くにあった。
篠原さんのあごのラインは、とてもうつくしい。
触りたいなあ・・・・・・
なんて、ぼんやり思ったけれど!
よく見てみると、篠原さんはわたしの胸まである髪の毛を一束すくって、その長くて細い指にからませているという現状だった。
「そ、そんなことないよっっ!篠原さんの方が、キレイな黒髪・・・・・・」
篠原さんの、わたしの髪を見つめていた視線が、少しずつ、ずれる。
向かう先は、わたし。
ほどなくして、篠原さんの視線、到着。
色っぽい視線は、わたしのこころの奥を見透かしているようで。
そんなハズないのに・・・・・
わたしは、どこを見ていいのかわからなくなって、そっぽを向いてしまった。
「秋って、呼んでよ。苗字はかた苦しくて何かヤだ」
「あ・・・・・・き」
恥かしくて、蚊のなくような声しか出ない。
「きこえないよ。もっと、大きな声で、呼んでみ?」
いたずらっ子みたいに笑って、篠原さん・・・・・・秋は、再度、わたしをうながす。
「あき・・・・・・秋」
「んー、いい感じ」
あ。破顔した。
初めて秋と目と目が合った、あの日。
秋は、驚いてぽかんと口を開けたままのわたしに向かって、おいでおいでをした。
手をひらひらさせて、手招きする。
笑って。
わたしのこと、見上げて。
走って下りた。
校舎の階段をパタパタとかけ下りるわたしの足音が、頭の中で大きく響いてた。
校舎を出て体育館へ向かう。
秋は、青いベンチに、長い足をほっぽり出して座ってた。
他の女バレ部員たちは、わらわらと体育館の中へ入っていってるのに。
「こっちおいでよ」
秋は、まるで昔からの仲の良いトモダチを誘うみたいに、わたしを呼んだ。
わたしはためらった。
隣りにいってもいいのかなって、思った。
制服のシャツの裾を、きゅっと握った。
そんなわたしのことを察したのか、秋はベンチから立ち上がって、わたしにかけ寄ってきた。
「ごめん、ビックリした?あたし、7組の篠原 秋。きみは・・・・・・」
――高殿 奈々実さん。だよね?
なまえ、知ってた。
わたしのなまえ。
何で・・・・・・
これっぽっちも知らないなんて、どこの誰が思ってたの?
「いっしょにおやつを食べませんか」
その秋のお誘いには、クエスチョンマークはついていなかった。
食べようよ。
そう言っているようにきこえた。
「実は今日まだおやつ食べれてないの。こんなんでコート入ったら絶対ぶっ倒れる」
育ち盛りのおとこの子みたいなことを言って、秋は笑った。
そういえば、その日はまだ秋がおやつを食べるところを見ていなかったような気がする。
秋はわたしの手をひいて、青いベンチへ戻る。
黒猫の絵がプリントされてるサンドイッチケースをあけて、中からはちみつサンドイッチを取り出すと、秋はそれを半分に割った。
わたしにその片方を差し出す。
「でも・・・・・・」
断ろうとしたら、秋は強引にわたしの手の平の上にサンドイッチをのせた。
そうして、わたしたちのあまいおやつタイムは、幕をあけた。