阿片王一代6 | manyo-taroのブログ

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1935年9月10日、里見甫は関東軍参謀副長板垣征四郎少将、奉天特機関長土肥原賢二少将に呼ばれた。話の主たる内容は、熱河省や内蒙古の阿片を天津市場へ売る密売組織を運営してくれというものだった。断れば命は無いという雰囲気を匂わせた実質的な命令だった。土肥原が述べた名分は、蒋介石の資金源を断つことと関東軍の謀略工作資金を得ることであった。当面の輸送ルートは、阪田組のルートを使用し、。このルートの警護は、関東軍憲兵隊が行う。司令官の岩佐禄朗中将、後任の東条英機少将も了解済みである。東条英機が関東軍憲兵隊司令官になったのは10月であるから、あまり乗り気でない岩佐に代わって、阿片に栄達をかけた東条が任命されたのではないか。のちに、星野直樹に代わって、岸信介が満州国のアヘン政策に深く関わるようになるのも同じ構図である。