阿片王一代3 | manyo-taroのブログ

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1933年2月23日、関東軍司令官武藤信義は熱河侵攻作戦を開始した。関東軍は熱河省を急速に制覇し、さらに、長城を超えて河北省北部に侵入していった。一方、板垣征四郎少将は、蒋介石の第29軍の軍長宋哲元を寝返らせ、更に北京の張学良軍にクーデターを起こさせ、北京を占領する謀略工作を同時に行っていた。華北一帯を、一挙に親日満地域にする作戦だった。しかし、4月18日深夜、参謀本部の次長真崎甚三郎中将から作戦中止の連絡が入って、関東軍は長城以北へ撤退した。天皇が強い調子で、撤退を望まれたのが理由であると言われている。しかし、この作戦は別な面からみると熱河省の「阿片獲得作戦」、阿片による莫大な資金を満州国の財源にすることであった。これの根拠として、関東軍の小磯参謀長が出撃する師団に対して「ケシは、熱河省の重要な財で源である。従って、留意してケシ栽培地を荒らさないよう、十分な配慮をもって望むこと」と強調したと述べている。直接史料の引用は無いが、小磯参謀長の関わる軍関係の史料があるのであろう。それとも、この作戦に参加した第6師団、第8師団の兵士が聞いた訓示なのかも知れない。しかし、史料のあるなしはあまり意味が無い。この作戦の後、熱河省の莫大な資金が関東軍に流れ込んできたからだ。