私は、ほとんど、出勤です。
でも、町田さんの新プロや久しぶりに会えるスケーター達の演技、楽しみです。
1日だけ行けるPIWを励みにお仕事をのりきろうと思います。
参照:日刊スポーツ女子団体追い抜きと羽生がスケートJOC杯受賞
昨日は、羽生さんが、JOC杯大賞受賞のニュースと共に、既にカナダに出国、トロントで合宿中だとか、
小塚選手が現役続行に前向きとか(特別強化選手に選ばれてるし、きっと続けてくれますよね)
無良選手はイメージチェンジかな?髪をさっぱりと短くした素敵な映像をスポプラで見ました。
そんな嬉しいニュースがありましたよね。
もう、次に向かっている選手達、頼もしいです。
受賞された選手の皆さんおめでとうございます。
私はというと、まだ国別演技に浸っています。
そして、彼らを応援するために、ファンはどうあるべきなのかを、未だに くよくよと考えたりしています。
今日のタイトルは出待ち。
結論からいうと、出待ちはNGだと思います。
でも、私、過去に一度だけ、出待ちをしたことがあります。
2013年の国別の時です。
(リンク貼りませんが、その時の記事も、たぶん、どこかに残してあります)
お恥ずかしい限りです。
なんで、出待ちなんかしたのかな?
実は、最初は出待ちをするつもりはなかったけれど、タイミングよくそのような場面に遭遇してしまったのです。
でも、それは言い訳です。
正直に言うと、もしかして、この大勢の人だかりは出待ち?! 皆もしているから私も いいかな!
もし選手が見れたらラッキーだわ♫というようなミーハーな気持ちでした。
群衆心理も働き、ワクワクしていました。
結果、何人かのスケーターを見れたし、手も振ったし、完全にというか勝手に自己満足状態。
罪悪感は全く無く、むしろ演技を見た後の幸福感が倍増され、足取りも心も軽やかに帰宅しました。
でも、あとから一つの疑問が湧いてきたんです。
はて??
出待ちって、誰の為にすることなんだろう???
これって単に自分の欲求を満たしてるだけじゃないかしら??
そして、演技で疲れている選手に気を使わせて、手まで振らせてしまったこと、後から深く反省しました。
そして、思うんです。
あのころの自分はちょっと傲慢だったなぁと。
無謀なファンの出待ちにイヤな顔ひとつせず、神対応してくれる選手の優しさに甘えすぎたり、
ご好意に付け込んだり、プライベートの領域に踏み込んではではいけないと思います。
出待ち、それは、選手達の負担になることはあっても、決して応援にはならないと思うから。
それに、選手を見たいが為に、例えば、柵から身を乗り出したり、歩道橋の階段を踏み外したりしたら非常に危険です。
何かが起きてからでは遅いと思うのです。
今回の国別対抗戦、漠然とですが、観戦初心者の方が多いように感じました。
もし、2年前の私のように偶然出待ちを経験された方がいらっしゃったら、これからは控えていただきたいと思ってこの記事を書いています。
しかし、会場やホテルでの出待ちをこれまでも当たり前のようにされて来た方には、私の記事は不愉快に感じるかもしれませんね。
でも、思い出して下さい。
あれは、確か、2013年の4大陸選手権。
ホテルを出発する時に自動ドアに衝突して、右瞼を切りましたよね。
待ちかまえていたファンへの対応中の出来事でした。
参照:nikkann sports羽生流血2位、ドアで…/フィギュア
あの時「自分の不注意です」とファンをかばっていたと記憶しています。
選手としての彼を応援するファンであれば、選手の負担になるようなことをしてはいけないですよね。
あれから、2年たち、ファンの数も膨れ上がりました。
ソチ後にファンになられた方の中には、この出来事を知らない方もいらっしゃるでしょう。
なので、敢えて触れさせていただきました。
(個人攻撃をするつもりは全くありません。)
そして、国別前の、インタビュー、
朝日新聞DIGITAL羽生結弦「悔しくない試合はない」 奮闘の今季振り返る
この時のこの言葉を聞いて何か感じませんでしたか。
競技者です(笑)。自分の中では結構葛藤があるんです。好きな夢を追い続けたら、何でこんなにも世間の目を気にしながら生きていかなければならないのかと。ただ、僕はやっぱり競技者だし・・・・・
彼はアイドルでなく競技者です。
全力で応援する時はいつで、そっとしてあげるべき時はいつなのか、アスリートとしての彼を応援するファンであるならば自ずと答えは出ると思います。
羽生さんはファンへの感謝の言葉を機会あるごとに発してくれています。
私にはその言葉と、氷上やリンクサイドで見せてくれる雄姿と美しい演技、そして笑顔。
それだけで十分なんだけど・・・
それ以上を見たいとか、更に何かを求めようとは思わないです。
自分の欲求を満たしたいあまりに、意図的ではなくとも、選手を困らせたり、結果的に迷惑をかけてしまうのは、応援していることにはならないですから。