こんにちは。東京オリンピック終わりましたね。無事とは言えないし、でも確かに無事と言おうと思えば言える。
実は私は開会式見てないんです。前に起きたゴタゴタが尾を引いて見れませんでした。個人的には世界に発信するにあたり、差別的な要素を弾くのは当たり前だと思います。特に今の世の中において…
さて、そんなこんなで迎えた閉会式。
きちんとではありませんが見ました。
本音の感想を言うと眠い🥱でした。
ワァオとなる展開は日本の各地域の伝統的な踊りを見せたところかなと思います。あそこは本当にワァオとなりました。
ただ
私はあの閉会式よし悪しは別として
今の日本を伝えるのには的確な演出だったんじゃないかなと思います。
まず冒頭の「日曜の公園」
あれ、公園に行かないとわからないけれど公園はあの通りです。コロナじゃなかったら選手の人も踊って!と言うところでしょうか?
盆踊り
あれは確かに日本ならではです。
周りの人の楽しみ方もあれであってます。平和な感じをあらわしています。
地域の踊り
繋ぎ方はちょっと失敗だと思いますが
日本には確かにあのような文化が存在します。そしてこの国は統一されてません。
実は閉会式の最中、SNSをずっと見てました。大体の人が「こんなの世界に見せるなんて恥ずかしい」と書いてました。
それを見て私は
あーそうか、なるほど今の日本をそのまんま世界に見せるの恥ずかしいか!それはわかるよと思いました。
… … …
ネットで、もし元の下された演出家さんたちのもとで進められてたらどうなってたかと言うのが流れてましたね。
私も案をを見る限りこれなら
誰も文句はないだろうと思いました。
綺麗で統一感が保たれていて、美しい国日本です。
どうして前の人が降ろされたのかとか
進め方に問題があったと思うことについてはここでは書きません。
コロナの影響もかなりあったと思いますし、あの演出は莫大なお金がかかるなとも思います。
さて
私は先程前の演出家さんの案なら文句は出ないだろうと書きました。多分出ないと思います。たぶん です。
なぜなら重箱の隅をつつくように
出演者の過去を叩けば出てくることだってあり得るのが今の世の中なので…
(出演する予定の方見てたけどそんな不安はありませんでしたと言うのが本当のところですが)
開会式のごたごたがあって
あれを世界に見せるのか恥ずかしい
だけですんだのならそれはそれで
よかったんじゃないでしょうか?
確かにあの演出には
目立ってこれは今の思想や価値観に
合わないと言う演出はありませんでした。
そのまんまの日本を描いてました。
夏2021
仕事:まだまだだな…プロってどんなものなのか、何が求められるのかやっと理解しはじめたところ。
プライベート:8年間のあれこれに良い形でキリがつきそう。前向きな形
悩んだこともたくさんある。
まだ前に進めるかわからない。
でもこれでいい。これで。
背中を押します。
その他
オリンピックやってますね✨✨
開会式の直前までハラハラしてて
いまも落ち着いて観れる社会の状況じゃあないというのが本当のところです。競技の方もまさか?!の展開があったり…世代交代なんだなと思ったり。
私は陸上長距離ずっと
追ってるからマラソンがこれからだと楽しみで!
大迫選手応援してます。
コロナの収束の見通しは全くたってませんね…
さてなんのテーマも決めず、やるとか決めても企画が始まらないこのブログですが、すこし書きたいことができたので書いていきます。
書くのは
ゴジラ作品から考えることです。
1回目は「ゴジラの立ち位置の変化」について述べていきたいと思います。今回は昭和の作品を主に取り上げます。
ゴジラといえば「人間が行った水爆実験の結果うまれた怪獣・災厄」というイメージが湧きます。勿論1954年版ではそのように描かれてました。
だからゴジラは人間が生み出したといえ、憎まれ倒す必要がある存在として描かれてました。
1960年代中期〜1970年代のゴジラ作品では
ゴジラは子どもたちの味方・人類の味方として描かれてることが多くなりました。代わりに人類の敵は「外から来たもの」となっていました。キングギドラやブラックホール第三惑星人がその例です。他にもガイガンなどがいましたね…
そんな立ち位置を見た時すこし面白いなと思うのが1971年公開の「ゴジラvsヘドラ」です。
ゴジラは人類が行った活動の結果生み出されました。同じく人類が行った経済活動の結果生み出された存在がヘドラです。この映画でヘドラはゴジラに倒される存在として現れました。逆にゴジラは人類の味方として描かれました。
2者を比べて何が違うのか考えたくなりました。勿論子どもたちの存在も大きいと思います。ただ1番大きいのは
「ヘドラは未知の存在で主人公やその周りの人々を無差別に攻撃していく」ということだと考えました。
1970年代ごろの作品ではゴジラは人類に守られ、島で暮らしている設定となることが多いです。
そのことも関係してるのかなと考えました。
あとはこの時代公害が問題になってましたね…
「管理できる存在かそれともコントロールさえ不可能な存在か…」なんかそうやって考えるとすごく奥が深いなと思いました。
と頭がこんがらがってきたのでここで終わりにします。ゴジラの立ち位置に注目して映画を見ていくのも1つの見方だと思います。
次は1980年以降の作品で立ち位置を考えていきたいです。