~ 江戸東京博物館 ~
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錦織物のような洗練された美しさを誇る新たな江戸の名物
『 錦絵 』 の誕生!
Ⅲ 錦絵の誕生
錦絵誕生のきっかけは、明和期(1764-72)のはじめ、裕福な趣味人の間に絵暦(えごよみ 大小)
交換会が流行したことによる。その年の30日ある大の月、29日ある小の月を判じ絵風に
表わした私的に製作した摺物を、仲間同士でその趣向を楽しみ高官しあう会で、より色彩
豊で贅沢な摺物を求めた結果、鈴木春信(1725頃-70)らプロの浮世絵師にも作画を依頼、
彫師・摺師もそれに応えるように木版多色摺技法が飛躍的に進歩したのである。
(図録P75)
木版多色摺技法で誕生した華麗な 『 錦絵 』 が、浮世絵のイメージを一
新し、大いに魅力を高めたことだろう。人々が驚き、目を見張る様、競って
買い求める様、版元の笑いの止まらぬ様子が浮かぶようである。
華麗な錦絵展示の間に、一際しっとりとした色使いの版画が目に留まり、
何故かそこで足がぴたりと止まってしまった。
『 雪中相合傘 』 鈴木春信
中判錦絵 大英博物館
〔作品解説〕
春信が描く夢のように透き通った恋の図の中でも、最高傑作として多くの人の心に刻ま
れてきた作品。 降り積もった雪の中、男女がひとつの傘を手にあゆんでゆく。傘の柄
に添えられた互いの小さな手の距離や交わす視線に、かすかな恥じらいと慈しみが漂
う。 繊細な色彩と、雪をふっくら表す「きめだし」、着衣の模様の「空摺(からずり)」など技
法の美しさは、描かれた世界の中へと見る者を誘い離さない。白黒が対比される衣装は
白黒図、雪と柳の下のむつまじい男女という設定からは、雪中鴛鴦図(せっちゅうえんおうず)
などの画題が想起されるほか、歌舞伎で心中の場へと向かう男女の演出「道行き」とも
通ずるなど、用意されたイメージの縦走生も本図を一層味わい深いものにしている。
どうしてこの作品の前から離れがたいのだろうと、横につけられている
作品の解説を目を凝らして読む。
傘の柄 に添えられた互いの小さな手の距離 交わす視線
しかし、作品が小さい(26.7×20.0)ことと、館内の照明を落としている
ことで、どうしても傘に添えられた二人の手の位置がはっきりしない。
仕方が無いので、後で何とか分かるだろうと諦めて、その場を離れた。
傘の柄を持つ二人の手は、こうなっているらしい。
今にも触れ合うところだが、重ねられてはいない。
雪降り積もった柳の下で、白黒の御高祖頭巾を
被った相合傘の男女。この時代であれば、どう
考えても「道行き」 のようにしか見えない。
女性を見つめる男性の視線に愛おしさが感じられ、
うつむき加減の女性の表情は、もうきっぱりと覚悟
を決めているかのようだ。
寄り添う二人の全身から、お互いを想い合い、もう
二人は何があっても、何処までも一緒という思いも
また、強烈に感じてしまう。
しかし二人の表情、立ち姿からは、若い恋人達が仲良く相合傘で雪を踏みしめて歩いて
いるのかも知れない。そうなれば ” 仲むつまじいおしどり ” の連想も可能になってくる
のだろうし、見る側それぞれに、自由なイメージが搔き立てられたストーリーが生まれて
くる。
ドラマチックなストーリーが思い浮かべば浮かぶほど、それを許してくれる作品は、器の
大きい作品のように思えてくるものだ(虫のいい話ではあるが)。
やはりこの作品には、柳の下の相合傘、雪の道行き、道行きを選んだ
恋人たちの悲しい覚悟、といったドラマチックなストーリーが用意されて
いるのではないか、と思ってしまう。
それは当然、新春浅草歌舞伎での
「新口村」に行き着き、
新歌舞伎座での梅川忠兵衛 「 恋
染めて風の花 」 にたどり着く。
浄瑠璃や歌舞伎では、忠兵衛さんはそれほど男っぷりがいい若旦那のよう
には描かれていないらしいのだが、林与一さんが演出して下さった ” 恋染め
て~” の舟木忠兵衛さんは、この上なく男らしくかっこよく描かれているらしい。
錦絵とはいうものの淡い色彩の『 雪中相合傘 』 は、確かに夢のような甘や
かな恋を感じとってもいいのかも知れない。しかし舟木忠兵衛さんのイメージ
がたっぷり残る頭には、道行きを選んだ恋人たちを描いた作品として、余計
に切ない情緒 の匂いを感じてしまう。
” 許されぬ恋 ” なら、舟木さんと松原
智恵子さんの『 残雪 』だって、行き着く
先は心中だった。 それは現世では救い
の無い結末に、兄妹として出した結論。
抱き合うようにして雪原を踏み締め、縺
れる足で雪崩の襲う雪山へ入った二人
は、あの世で恋人として結ばれることを
願いながら、兄妹として手を取り合って
逝ったラストシーンだった。
雪の道行き
高下駄で踏みしめる雪は、さぞ歩き
にくいことだろう。
雪はまだしんしんと降っている。
この分では、「新口村」同様、二人は
そう遠くへは逃げられまい。こんなイ
メージを、この作品に許して貰っていい
ように思うのだが。
←雪の厚みを出すために、紙の表面を盛り上げる
技法「きめだし」 が使われている部分
『 雪中相合傘 』は大英博物館から拝借して、東京会場では全期に渡り
展示される予定である。この作品を所蔵している美術館は、大英博物館
のほかは、メトロポリタン、ホノルル、シカゴ、ボストン、ミネアポリスの各
美術館ということである。
1月30日に展示してあった鈴木春信の作品は、このほか、ベルリン国立
アジア美術館から『見立為朝』、ホノルル美術館から『百人一首 蝉丸』
があった。
東京会場出品リストで確認すると、春信の展示作品9点のうち8点までが
外国の美術館からお借りしての展示であった。現実的な生々しさではな
く、可憐で優美な春信の作品は、ことのほか外国の方に好まれたのかも
知れない。
春信に限らず、浮世絵がこれほど外国の人に好まれたということは、浮世
絵には文化の違いを乗り越えて、何処か人間の本性に親し味を込めて訴
えかけるものがあった、ということだろう。
過去において、浮世絵の価値を正当に認識できなかったことは、まことに
恥ずかしい限りだが、、、。
この後、浮世絵(錦絵)は、最新のファッションを誇る美しい女性を描く美人
画と、憧れのスターである歌舞伎役者を描く役者絵を二本の柱として、その
黄金期を築いていくのであった。
~ 3 ~へ続く