こんにちは、マチコです
もう2月も後半ね
あっという間に時間が過ぎました
先月から北海道を3往復して
ようやく落ち着いたような
まだまだ忙しいような毎日です
いつかは親と別れる日が来る、
心の準備なんて出来ないな…と
思っていた年明けですが
その日は突然やってきて
父がお空にいってしまいました
いくつかの偶然が重なり
温かい父の手を握りながら
その瞬間を見届けることができて
よかった
たまたまその日は休日で、
友達との約束が朝に取消しになって
ヒマしていたところに兄からLINE
最初は、ちょっと調子が悪いらしい
という報告だったけど
次第に今なら面会できるから
帰省出来るなら今のうち来い、という
連絡に変わり(入院中は面会禁止)
2時間半後に最終便はあるけど
北海道は大雪のため条件付き運行で
縁起悪いと思いつつ
鞄に喪服を詰め込んで
とりあえず飛行機に飛び乗りました
新千歳空港は欠航してたけど
地方空港は着陸してくれました!
私が病院に到着してから
1時間ちょっとで
穏やかな顔で眠ったまま
父は逝ってしまいました
『今日は死ぬには1番いい日』
という言葉を聞いたことが
ありますが
いつその時がきても
後悔なく日々を過ごす
家族にとっては違うけど
もしかしたら
父はその日を自分で選んだのかな
半年前に突然施設に置いていかれて
数日後には転倒骨折して
寝たきりになり
痛い手術にも耐えたけど
大好きな食事も出来ず
大好きな母さんにも会えず
カッコつけだった父さんが
おむつ生活になり
どれだけ寂しくて悲しい
夜を過ごしただろうか
晩年は痴呆がすすんでいて
『母さんが居ないと俺はダメだ〜』
と優しい声でいつも言っていました
本当は翌週から介護施設に入所を
予定していたけど体調がイマイチで
その日の朝は、胃瘻の話も出ていて
もうツラいのは嫌だったんだよね
きっと私の到着を待っててくれて
その後にゆっくりゆっくり
お空にいっちゃいました
親子関係って
長〜い付き合いだから
色んな場面があったけど
最期は仲良しで終われて良かった!
まだ
涙ポロポロ
地元の兄と義姉には
諸々の手続きや
挨拶まわり
母の病院の世話まで
仕事も子育ても忙しいのに
ぜーんぶ背負わせてしまい
離れて暮らして
使い物にならならい自分は
ポンコツだな
母さんには
長生きしてもらいたい
癌では死なせないぞっ!
頑張れみんなの細胞ー
毎日ニコニコ過ごせますように