本年もよろしくお願いいたします | 万世橋とわたし(神田)のブログ

本年もよろしくお願いいたします

本年も始まって、ハヤ半月が経ってしまいました。


のんびりにもほどがありますね、、、

習慣性更新ルーチンを描きたいと思いますかおあせる



さて、先日、お客様とお話しておりまして、


「教育」


と言うことについて考える機会がありました。



お客様のご子息は大変高学歴を現在進行形で更新中。


一昨年、1年間、ヨーロッパに留学もされたそうです。


その留学が大きな転機になったというのです。


それまで、年に数日の親族のお集まりには挨拶を済ませば座を外すというスタイルでしたが、

留学後はしっかりと親族で過ごす時間を大切に歓談に加わるようになられ、


それというのも

ヨーロッパにおける家族愛の現し方に、大変感銘を受けたのだそうです。



これを伺い、

ご子息は、大変豊かな教育の成果を手にされたのだと思いました。


「教育」は、多角的な検証により客観性をより高次元に導く一つの手段と考えます。


だから、いくら高度な教育を施されたとしても、

客観性が乏しく、片面的な思考能力しか持たない場合を


「洗脳」


と理解します。



もちろん、外部的な「教育」それだけでどのような成果を得るかは定かではありませんが、

ご子息の場合、これまでの自宅における生活環境という面において豊かな土壌が存在し、


それまでは勉強、勉強と、自分なりの目指す目標に向かってはいましたが、


留学という外国の文化に接することで


自分と他者、

中でも親族との関係性との比較衡量に目が向く機会を得、


その結果、

ふと自分の存在のゆえんを考えるということとなったようです。


教育をちゃんと身に付けられたと感じました。


自分の成果のみを渇望することは、高次元の学問は修められるかもしれませんが、

「オウム真理教」でたくさんの方々を苦しめたような能力の発揮となってしまう懸念が多大であろうかと思っています。


ご子息の場合は、自分を大切にしてくれている人がたくさんいることを

社会生活の中からきちんと認識し、

自らもそれに応えるために自分を切替えることができる客観性と実行力をはぐくまれました。


これから、彼がどのような研究者となってくれるか、

こころからワクワクしていますラブラブ!キラキラ


中野