なんかヘン!世界編 | 万世橋とわたし(神田)のブログ

なんかヘン!世界編

橋下氏の発言について、世界がざわついている。

なんかヘンじゃないですか!!!?


橋下氏の発言は総理大臣のそれとは違いますし、

大阪市として策を講じるとの宣言とも違います。


公的な立場を持つとは言え、

一個人の発言であり、

その発言によって社会的、世界的に殺戮や混乱を予測させるテロ行為などに飛び火するなどの懸念も全くないと思われる状態に対して、

一個人を責めるかのような国連からの苦言が発信されるなんて、


事務総長が韓国の方であることによる私的な職権の乱用に感じます。


また、アメリカの議員が韓国の主張を援護しています。

彼が日韓の歴史について造詣が深いようには感じられません。


何を目的にしているのか知りませんが、

(おそらくは地域的に、単なる得票のためのパフォーマンスと推測)

一議員が他国間の問題に言及できる立場にはないでしょう。


また、よく

「日本は正しい歴史認識を!」

と韓国の大統領が世界に出かけては述べておいでですが、


反日教育を受けて育った人達が正しい歴史認識を持っていると考える方が難しいと思います。


韓国国民は洗脳されていることになりますので、

客観的な事実の検証は、安倍さんじゃありませんが、

歴史家に大いに議論を尽くしてもらいたい分野です。


また、戦後日本がしてきたことに対する理解は無いことになっていませんか?


さまざまな協力の提供の上で、

既に共に前を向いて行こうではないかと、

国の政治を預かるもの同士で公式に宣言をしています。


ゼミでは様々な分野の要所で活躍されていた方々のお話がきけます。

歴史の中で『あの時、実はこんなことが起きていたんだ』というような話も多々あり、

そこから察するに、

日韓の歴史が動いた時にも表に表れるもの、表さないものの供与があったのではないかと思います。


宣言がなされたその時点、韓国の多くの国民が「まさか!?」との反意は示していなかったのでは?


その経緯をなかったことにしていま、

またまた振り出しのような要求を政府として表していますが、


前段の経緯からいえば、

従軍慰安婦問題について当事者の納得が至っていないとすれば、


それは韓国国内に残る、

政府と当事者間の問題として存在するものであり、

その未解決を日本の不誠実と声高にすり替える手法は韓国という国の恥なのでは…?と思えてしまいます。


一方、北朝鮮の拉致問題については世界の目はどちらかといえば冷ややかに感じます。
なんの混乱もないところで起こる『拉致』。

ある日突然人の人生をさらって、そこには意思も人権も存在しません。


世界が自由や民主化を求め、

流血を伴って市民の人権を獲得したのが今に至る世界の歴史と理解しています。


だから、世界の人は人権問題に対して結構シビアに認識しているものと思っていました。

でも、拉致問題に対して世界は沈黙に近い。


なんかおかしくないですか!?


一方、従軍慰安婦問題については戦争という狂乱の時代に起こりがちなことです。

戦争とは人権を価値のないものと扱うことが当たり前であることは、歴史が証明しています。

それは、女・子どもだけではなく、兵士であってもです。


従軍慰安婦などという言葉が無くても、

世界の多くの国で戦勝国は敗戦国におけるレイプは何のためらいもなく行っていなかったでしょうか。

それは民族間、宗教の異なるものの間においても有りえ、それが戦争というものなのではないでしょうか。


世界中で行われてきていることを世界中が知っているはずです。


それを、橋下氏一人の発言に対して世界が飛びついて批難を表明している。

どう考えてもおかしい。


つまるところ、

だから戦争は決しておこしてはいけないのであり、国連の安保理はそのために機能すべきでしょう。


そして、

声高に主張する従軍慰安婦に対して、世界は擁護的立場です。


でも、声にすらできない、どんなに伝えたくても肉親にすら伝えることのできない

拉致被害者たちは世界に黙殺されています。



これって、子ども虐待と同じ様相では?


主張のできる、選挙権のある老人に対してないがしろにせず予算を割いて厚い対応をする。

でも子どもたちの苦境は代弁者なくして声を表に出すことができず、

問題はないことにされる。

問題提起しても、予防策に対する結果の検証は難しいとの理由で予算はつけてもらえない。



子どもたちの叫びを黙殺して、この子どもたちの人権を守ることなく

どのような社会の構成員となるのか、


必要な時に気がつかないふりをして、後で問題にするのは、

あまりに落ち度が大きく、社会が成熟に向かっていると思いにくい。


外国人記者クラブの存在は結構シビアな追及があり、注目していますが、

今回の橋下氏に対するそれは、ただのお祭り騒ぎのようで

娯楽雑誌以下の価値に見えます。


人権に対する意識や意思を表すことができる社会にあり、

経済や社会が成熟していると考えられる国々でさえこのような状況であることに、

人間ってどうやったら成長できるんだろうと失望も浮かびます。



悪意を持って争いを起こす国に対して、常任理事国の立場を剥奪すべきとの議論がなぜ起きないのかも不思議の一つです。


世界が重要課題にしているという北朝鮮の核の存在についても、

中国やロシアという、平和を希求すべき常任理事国の拒否権を行使した状態に対する責任が重大なはずです。


なのに、まさしく世界中から批難を浴びるべきそれらの国はなんの責任追及もなされない。


不思議というより、恐怖といえます。


正義、公平、公正、世界平和の理念をさておいて、

その背景には経済至上主義が世界中窒息しそうにブヨっと覆いかぶさっているように感じるからです。


中野