デンデンムシノカナシミ
友人とのやりとり、
小さい頃から親しんだ新美南吉の童話にまつわってのもの。
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「てぶくろを買いに」
は数種の安堵の余韻を残すが、
多くの作品には生死が隣り合わせであることが描かれているのは、
自分自身がそのことから逃れられない事情に因るものだろうか。
で、生きることへの憧れと生きることへの皮肉が交錯しているように感じる。
「デンデンムシノカナシミ」の解釈は中野は、最後の一フレーズ
『モウ、ナゲクコトヲヤメタノデアリマス』
に一番の注目をする。
なーんだ、普通のことだったのかと、
大小の苦難を
『ねばならない』
系で受忍するよりも、
『あることが並み』
と受容する。
「虐待・いじめ・不登校~教師は今、親は今~」『子どもの虐待とネグレクト』Vol.3-1(2001)日本子どもの虐待防止研究会(現日本子ども虐待防止学会)のPP46-52
からを検討するに、
マイナスな出来事は起きてはいけないことなのか?
生きている中でダメージを受けるような様々なことがあっても、
ふと「良かった」「嬉しい」と思える何かを見つける、
気付く力や考え方を持っていさえすれば、
自分を最悪不幸と位置付けずに生きていけるのではないか。との旨を言っているとの理解。
コレだよと思いましてね。
無くなることの有り得ない忌避事項をあっちゃいけないことと何事もおきない社会作りを検討するより、
小さな幸せの見つけ方を身につけることの方がはるかに心豊かな人生を手に入れることができるのではないだろうか。
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中野