幸せの種
ワンガリ・マータイさんがご逝去されたと言う昨日の新聞記事(読売ほか)があり、
さまざまな困難への直面やご活躍が思い起こされ、
心よりご冥福をお祈りしたいと思いました。
マータイさんはご兄弟の応援やご自身の努力でエリートと言える学歴や功績を修められましたが、
その経緯や成果にあぐらをかかずにご自身の人生を
軽視されていたケニアの女性の地位向上、
アフリカの、開発などもその原因と言われる砂漠化への対策、
など、地域の問題解決のみならず
地球環境の危機への警鐘を広く伝えてくださいました。
また、日本の3.11の被災者の方々へも心をこめてエールを送ってくださいましたが、
マータイさんご自身、術後の大変おつらい状況であったとのこと。
日本に大変親しみを感じてくださっておいででありましたこと、
光栄であり、裏切りたくないと思います。
マータイさんの幅広い活動と考えられるこれらは、実は一つの輪の中にあり、
部分だけの改善ということはむしろ困難であると言えるかもしれません。
それを承知で、世界にメッセージを伝えてくださっていたものと理解しています。
そして、
マータイさんが尽力された地球環境の保全のためには世界が一つの関心事としなければ実現は難しいと考えられます。
近年、温暖化対策への世界的取り組みがあるとはいえ、先進諸国でもその成果は足並みがそろっていないようですし、なおも及び腰です。
ことに近年台頭している国々は、その経済・工業の発展を最優先として、
二酸化炭素排出規制を受け入れないことを権利と主張しているかのようであるとともに、
結果的に国民を苦しめる公害問題についても軽視しているようです。
自然環境を破壊して開発を進め、GDPをあげるその先に築かれる幸せ、
物質的な豊かさがもたらす空虚な不満足感を現に社会問題にするまで理解できないからでしょうか。
これまでの先進諸国が地球を壊してきた分、自分だって壊す権利があるんダ
というような主張。
先進諸国が経験し、公害などについてもその回避の方策を取り入れることができる利得を放棄しています。
良好な地球環境、国土環境を保全することで自国民の身体的、精神的健康を守ってあげることが国の役目なのではないのか!!?
また、先進諸国からのODAは平和維持が原則であるはずなのに、
軍備増強に力を入れて近隣諸国に対する威圧行為、
言いがかり外交、、、
そのような正当性や正義に欠ける行為を辞さない国々が国連の常任理事国であり続けることは世界の脅威です。
なんだかなーーー、
歴史的な背景から宗教的・民族的な問題が根深い国同士の問題解決には大変な過程が考えられますが、
そうではない諸国についてはもっと、
公平公正の基準の模索とともに
一緒に「平和を希求する」
みたいなこと、
考えて国の維持はできないものなんだろうか。
なんてとりとめの無い疑問と
敬服するマータイさんのご活躍を一緒の次元に唱えることは相応しいとはいえませんね。
マータイさんの言葉
「私たちにはみな、住んでいるこの世界を良くするために できることが何かある」
この心根に、全世界に等しい幸せの種があるのではないでしょうか。
人がどうのこうのという前に、
私もできることは実践して行こうと、
私の心に改めて刻んで下さったマータイさんです。
中野