どっちが飼っているのか
去る初夏の日、私、石川は忘れられない光景を目撃した。
昼下がりの静かな路地で、彼は寿司屋の入り口から
暇を持て余した退屈そうな足取りで出てきた。
透き通るように白い被毛は、綿飴のようにフワフワとなびき
それは彼の栄養状態が充実していることを物語っていた。
すぐ鼻の先のカウンターで、店主がいそいそと
夜からの営業の準備をしているにもかかわらず、
互いにとりたてて相手に注意を払っていないことから
彼らの間に信頼関係が存在することは明らかだった。
ポール・ギャリコは、人間が猫を飼っているのではなく、
猫が人間の家を乗っ取っている、と表現した。
そう、まさに私が見た彼は、寿司屋の大将を逆に飼い慣らして、
マグロや鯛をまんまと貢がせ、あの見事な毛艶を手に入れているに違いない。
一体どのようにして彼は、あの地位を得るに至ったのであろうか。
富貴を欲しいままにするのは人間だけとは限らない。
彼がこの地球上で最も成功した生き物であることに
疑いの余地はないであろう。