行ってきました!!大船渡。
蘇我中おやじの会のSさんからのつなぎで、
Sさんの勤務先の先輩にあたるOさんが世話役を務める碁石地区コミュニティセンターに、現段階での要請の一つ、
「夏物衣料」
を搬入するべく、行ってまいりました、大船渡
この度は、蘇我中おやじの会、生浜西小父の部のほかに、
Sさんと避難所のOさんとを結ぶ勤務先の方々にも多くのご協力をいただきました。
内容別に圧縮梱包した物資を車体が沈むほど積み込んで
土曜の18時過ぎに地元を出発し、
日曜朝方4時頃現地に入りましたが、
海岸線から10キロはあるのではないかという地点には既に建築物の大規模な破損が見られ、
その災害の凄まじさを物語っていて、
津波の破壊に見舞われた家屋とそうでない家屋との地理的な紙一重の現状も目の当たりにしてきました。
海岸線は、もちろん地盤沈下から道路も陥没気味で、海面がすぐそこに迫っていました。
でも、大船渡はそれでも、まちはある程度残っており、瓦礫の撤去は相当程度に進み、
仮設住宅も件数は伸ばしているようで(現地の方のお話から)、
碁石地区コミュニティセンターの避難所は今月で解散する見込みもある模様です。
ただ、そうはいっても、被災された方々の収入源や生活についての安定確保を意味するものではありません。
碁石地区コミュニティセンターは、2トップ体制により、重責を一人に負わせることにせず、
また、センター内自治を各部門担当者のリーダーを定めることにより、
組織的に協力体制を整備することで全体機能を構成しておりました。
そのことは、取り上げるべき事例との評価でしょうか、新聞記事にも紹介されたそうです。
そして、部門リーダーの選任については公正に、適材がしっかり適所に就くことで全体理解を得ているようでした。これは、常日頃の人間関係から、地域の方々の人となりをよく知っておられたことで実現できたことのようです。
一方、他避難所におけるそのトップの方は誠実に自治に務めていても、さまざまなトラブルが生じてしまい、
その手腕に対してよい評価をされない状況も存在する現状を伺いました。
そして、行政から「自治マニュアル」といったものが配布されたのは、既に避難所が相当消滅した最近のこととのこと。
阪神淡路大震災において当事者の皆様が苦心して編み出された自治構成事例は、
残念ながら活かされたとは言えないようです。
私達の圧縮パッケージで搬入した物資は、不要なものは回収して帰る算段でありましたところ、
諸事情から、搬出したそのままで置き去ることとなり、いささか不安はありましたが、
大船渡市のある、商業施設において
「ご自由にお持ちください」
というコーナーの存在を見て、これなら、碁石地区の一団体では不要でも、他の方に利用できる道が存在すると言うことで、いささか安堵し、
更にはその商業施設への問い合わせから、今後も、当方から直接生活関連物資送付を可能とするつても築くことができました。
さきざき、どのような関係が望ましい様相であるのか、
定まっているわけではありませんが、
できる活動を続けてまいりたいと考えております。
中野