今年最後の忘年会
ようやく本年出すべき課題も終え、
本日、心おきなく、おそらく本年最後であろう忘年会に参加してまいりました。
このグループは、私にとって原点かもしれません。
それぞれが人生の岐路に立った場面で、お互いに支えあった人たちといえます。
一人は、私の中高が同じ学友。しかしながら、同じクラスになったことはありません。
もう一人は、玉川学園保育科で一緒だった学友。大まかな一つのグループを構成していましたが、当時、直接話したことはほとんどなく、今になって、「お互い対極にいたよね~」と、言い合う相手、つまり、相手努力家、わたし、適当。相容れない対象でした
このような面々が、
かれこれ、ンー十年、年に何回か集い、家庭のこと、人生のこと、
吐露しあいながら、それぞれの考えを出し、かといって押し付けもなく、
個々に自分の立ち位置を確認するといった場を共有すると言うことは、
学校に所属していたときの友人関係がそのまま決定にはならないと言うことです。
人生をしばらく過ごした上で、それぞれに自分が成長し、それから改めて共感する友人関係という構築もあるということは、
早くに社会の中でつらい思いをしてこの先がないのではないかと言うような不安にさいなまれ、命を絶ってしまうと言う選択をしてしまうことは、とってももったいことなのだと言えると考えられます。
これから経験するいろいろなことをないものにしてしまうことを、はたして、個人の自由と言ってしまってよいのか、もしかしたら、自分自身に対して失礼ともいえるのではないかと経験から思います。
この仲間のいいところは、相手を尊重しつつ、腹蔵ない個の思考が述べられるところ。
「なぜか同性間で思いもよらない展開になって泥沼にはまった」経験を持ち、
その恐ろしさが語り合える貴重な同士です。
加えて、
『人生の最も苦しい、嫌な、辛い、そんな場面を真っ先に微笑をもって担当せよ』
という、玉川学園の創始者、小原國芳先生のお言葉は、自ずとそんな私たちのそれぞれの人生のさまざまな場面にふと鑑み、実践してきた呪文のように思います。
記憶をたどれば、小中高、私自身、自己肯定感はありませんでした。
そんな私が玉川学園に属したのは2年間だけではありましたが、人生の中で、
「自分って、このままでいてもよさそうかな?」
と、実感できた始まりでした。
その後、紆余曲折はもちろんありましたが、
年を経るごとに手かせ足かせが消えて行き、人生が楽しくなっているように思います。
今の私が四苦八苦ながらも院生生活を何とか実りあるものにしたいと思い続けることができるのは、
このような仲間の存在があってのことと感謝です。
中野