韓国の牛 | 入来院重宏のオフィシャルブログ

韓国の牛

農夫と1頭の牛の絆を描くドキュメンタリー「牛の鈴音」という韓国映画をご存知だろうか。
農村を舞台に30年間もくもくと働き続けた老牛と老夫婦の日常を淡々とカメラに収め、本国の韓国で驚異的な観客動員を記録した2009年公開の映画である。

週に一度、僕は「韓国の牛」になる。

僕は、毎週末土曜か日曜に家から約1.5kmの距離にあるスーパーマーケットに妻と食料の買出しに行く。
大人5人の1週間分の食料だから結構な量購入する。
重さにして20~25kgぐらいあるだろうか。
お米を買うときはさらに5kgぐらい重くなる。
この荷物のほとんどを僕が持ち、家までの道のり約1.5kmを運ぶ。
リュックに10kg程度背負い、両手に各5kg程度持つ。
左手にショッピングバッグ(財布ぐらいしか入っていない)、右手に日傘をさして颯爽と歩く妻の後ろを、うつむきかげんでのそのそ歩きの僕がついて歩く。
この哀れな僕の姿が映画「牛の鈴音」の老牛にそっくりなのである。
「韓国の牛」とは僕が僕につけた愛称である。

昨日、上野駅で両手に巨大な荷物をもった女性とすれ違った。
たぶん20代だと思うが、重い荷物に歯を食いしばって歩く彼女の前を軽そうなショルダーバッグの男性が颯爽と歩いていた。
カメラマンと彼女はその助手かなと勝手に想像したのだが、重そうな荷物を持つ彼女を見て「可哀想だ」という感情が湧かなかったことが意外だった。
妻に重い荷物をけっして持たせない僕が、大きくて重そうな荷物を男性に持たされている女性を見て何にも感じないというのはどういうことだろうかと考えてみたが、理由はきっと彼女の体格がよかったからだろうということで自分なりに納得した。
僕は妻に重い荷物を持たせたことがないが、それはきっと妻が小柄な女だからなのだろう。
妻が体格のよい女だったら買い物帰りに何も僕一人で20kg背負うこともなかったのだろう。
小柄な女は得である。

「ああ、誰か知っている人に会わないかな。俺のこの可哀想な姿を見て「入来院さんのところのご主人まるで「韓国の牛」みたいって噂してほしいなぁ」とか
「これで首に鈴をつけたら完璧な「韓国の牛」だなぁ」とか
今日の夕方スーパーからの帰り道、「夕立が降る前に帰ろう」とスタスタ歩く妻に聞こえるように大きな声で呟いた。