天狗堂(988m)滋賀県東近江市

   令和4年5月8日(日)晴れ 単独行  走行距離502km

 

 山頂から間近に仰ぐ不沈空母は、度肝を抜く大きさだった。若い頃、ひと夏を三浦半島で過ごしたことがあった。スイカ畠で寝転んでいたら、眼前の房総半島を塞ぐ位のアメリカの航空母艦がゆっくりと通過していくのを見た。鈴鹿の最高峰御池岳はそれ位に強烈な印象を植え付けた。霊仙山に始まった私の鈴鹿詣ではこれで12座目となった。藤原岳も竜ケ岳も貫録たっぷりだった。

 事前にネットで記録を検索していたらこんな記事があった。山ビルが多いので対策を講じてきたが、マムシが目立って緊張が続いたと。この日は朝から冷たい風が吹き、まずマムシとのご対面はなさそうだった。

 今から7年前の10月に、山の会で4名で日本コバという変わった山名の山に登ったことがある。永源寺ダムから望む日本コバの右奥に、端正な天狗堂が君臨していた。その雰囲気が天狗が潜む環境を醸し出していた。前置きが長くなってしまった。さあ、出発しよう。君ケ畑の集落前に車を停めて、大皇器地祖神社の参道からいきなりの急登が続く。スギやヒノキの植林地をようやく抜けると、筒井峠との分岐に出た。明るい尾根に心が軽やかだ。コハウチワカエデが囁き、ヒガラが春の山を謳歌している。葉しか見えないが、ヤマホトトギスらしいのが足元に装飾を施していた。右手が雑木林で左手が杉林となった頃、ウグイスが春の旋律を奏でる。鈴鹿山系らしく、アセビが多くなった。急登に入ると大きな岩が立ちはだかる。最後の大岩を巻くと、山頂に出た。

 鈴鹿北部の彫りの深い稜線が伸びる。あれは白瀬峠か、藤原岳が鎌倉殿のように威厳を示す。堅田さんと最後に登った竜ケ岳が遠くに控える。想いで多い鈴鹿の一角に立ち、脳裏に去来するものの何と多いことか。サンヤリへの稜線に一歩進めると、ここの見所のシャクナゲが花の終わりを告げている。遠くに伊吹も霊仙も小さく座る。再び展望岩に戻り、今度は細尾根を下る。御池林道からは左手に、琵琶湖に注ぐ大河愛知川(えちがわ)が奔流となって目に涼しい。釣り人も多い。君ケ畑は観光客で賑わっていた。

 帰路、多賀サービスエリアから歩いて、滋賀県を代表する神社で名高い、胡宮(このみや)神社に参拝した。ここの敏満寺遺跡は、かつて青龍山を御神体として繁栄した寺院の遺跡である。当時は比叡山を凌ぐとされた大きな寺院でもあり、改めて湖東の史跡の奥深さに学んだ。次回は、旧千草越の道から鈴鹿第二の高峰雨乞岳を目差そう。   (辻 信明)

 

①滋賀県を代表する大河の愛知川 

②山頂の展望台、天狗堂の由来ともなっている 

③シャクナゲの開花

④ 右奥に藤原岳の雄姿 

 

⑤巨大な御池岳の稜線