盛岡城 八戸をあとにして、次に岩手県の『盛岡城』を目指した。 『盛岡城』は、南部信直・利直父子が、1597年から30年かけて北上川と中津川の合流地点の丘陵地点に築いた城である。 近隣産の花崗岩を用いた総石垣造の城で、本丸が狭かったため、表御殿は二の丸に設けられていた。 明治時代に廃城となり、現在は公園として整備されている。