#日航機墜落事故#慰霊
長文になりますm(__)m
お登りさん気分で行ってはいけないところなのでしょうが、現場を観てみたい気持ちが強く、行ってしまいました…。
あの31年前の衝撃はあまりにも凄く、毎年、夏になると、思い出さずにはいられない出来事のひとつです。
民家から12キロ、何本もの長いトンネルを抜け、狭い急な坂道をくねくねと、何度も登ったところに、事故現場の御巣鷹の尾根へと続く登山口がありました。登山口の駐車場には、途中あまり車と擦れ違わなかったのですが、多くの車があった事に驚きました。やはり、あの事故の衝撃は誰にでも凄まじいものだったんでしょうね…ちなみに、現在、地図上から、事故現場の御巣鷹の尾根の『昇魂の碑』と村の中心部にある『慰霊の園』は、記されなくなりました。ボクのようにお登りさん感覚で、行く者が増えて、遺族の感情や被害者の霊を荒立たさせないためなのでしょうか…
御巣鷹の尾根へは、登山道は、整備されていますが、かなりの急な登りです!足が前に進みません…この道を遺族の人は、どんな思いで、登っているのでしょうか…そう思うと、苦しいなんて、言っていられません!
この登山道、遺族の人達が大変な思いをせずに拝められるようにと、下の駐車場まで車が入れるようなりましたが、それまでは、4時間以上を歩いて行かねばなりませんでした。その代わりボクのようなお登りさんを増やすといふ弊害も生んでいるんでしょうが…
30分ほど黙々と歩くと、工事現場によくある飯場が崖に張りついて、建っているのが見えてきました。その崖に道がつづら折りになって、上へと続いています。こんなところを上がるのかと、見上げるくらい急です!これが御巣鷹の尾根でした!この上の方の反対側に飛行機は激突したようです!
この道を登って行くと、C-3とかE-5とか、記号が示されていて、ここ一帯が細かく区分されている事がわかります!これは事故後の作業をする時、どこに何があったのかを明確に記録するために決められたものなのでしょう。ここは、もう事故現場なのです!途中、墓碑がありました!この場所で亡くなったのでしょうか?8月12日といふ命日と共に享年令が記されていて、その若さに突然の事故で亡くなったといふ理不尽さが伝わってきます…登るに連れて、墓碑の数は段々増えていき、遺族の言葉が綴られたものがあったりもします。(続く)
長文になりますm(__)m
お登りさん気分で行ってはいけないところなのでしょうが、現場を観てみたい気持ちが強く、行ってしまいました…。
あの31年前の衝撃はあまりにも凄く、毎年、夏になると、思い出さずにはいられない出来事のひとつです。
民家から12キロ、何本もの長いトンネルを抜け、狭い急な坂道をくねくねと、何度も登ったところに、事故現場の御巣鷹の尾根へと続く登山口がありました。登山口の駐車場には、途中あまり車と擦れ違わなかったのですが、多くの車があった事に驚きました。やはり、あの事故の衝撃は誰にでも凄まじいものだったんでしょうね…ちなみに、現在、地図上から、事故現場の御巣鷹の尾根の『昇魂の碑』と村の中心部にある『慰霊の園』は、記されなくなりました。ボクのようにお登りさん感覚で、行く者が増えて、遺族の感情や被害者の霊を荒立たさせないためなのでしょうか…
御巣鷹の尾根へは、登山道は、整備されていますが、かなりの急な登りです!足が前に進みません…この道を遺族の人は、どんな思いで、登っているのでしょうか…そう思うと、苦しいなんて、言っていられません!
この登山道、遺族の人達が大変な思いをせずに拝められるようにと、下の駐車場まで車が入れるようなりましたが、それまでは、4時間以上を歩いて行かねばなりませんでした。その代わりボクのようなお登りさんを増やすといふ弊害も生んでいるんでしょうが…
30分ほど黙々と歩くと、工事現場によくある飯場が崖に張りついて、建っているのが見えてきました。その崖に道がつづら折りになって、上へと続いています。こんなところを上がるのかと、見上げるくらい急です!これが御巣鷹の尾根でした!この上の方の反対側に飛行機は激突したようです!
この道を登って行くと、C-3とかE-5とか、記号が示されていて、ここ一帯が細かく区分されている事がわかります!これは事故後の作業をする時、どこに何があったのかを明確に記録するために決められたものなのでしょう。ここは、もう事故現場なのです!途中、墓碑がありました!この場所で亡くなったのでしょうか?8月12日といふ命日と共に享年令が記されていて、その若さに突然の事故で亡くなったといふ理不尽さが伝わってきます…登るに連れて、墓碑の数は段々増えていき、遺族の言葉が綴られたものがあったりもします。(続く)


