◆8日(木)

近しい関係にある探偵社の社長が、もうひとり別の近しい関係にある美容室の社長に騙されているという事実を知った。

探偵というのは、職業柄、慢性的な人間不信に陥っている。それにもかかわらず、いつも自分が仕掛ける側にいるのだという根拠のない思い込みをもっていて、騙されていることに気づかないままでいるといった間の抜け方をしている。

さて、その事実を知ったおれはどうするのか。

答えは、「なにもしない」だ。

おれのスタンスはいつも同じで、「誰にも付かず離れず」。おれ自身の利害にかかわりのないことについては、「基本無頓着」を貫いている。

そのスタンスが貫けるように、普段から、誰にどう評価されても関係ないと言い切れるように、自分のライフラインを多重に保持しておくといった「リスク分散」を心がけてもいる。

「あっしにはかかわりのねぇことで」という木枯らし紋次郎。


◆9日(金)

コンサル契約をしているコスプレマッサージサロンの店長と、そこで働いている女の子2人と、4人で忘年会をした。

うちの店(和風料理屋)でコース料理を食べ、ショットバーで飲んで、ショーパブで〆た。

ショーパブはここ最近気に入っているMen's Club。深夜0時のオープンで、客層としてはほぼクラブかキャバクラのアフターがメインの店である。

ショーは、グダグダのショートコントとダンス、客全員を巻き込んでのパラパラで構成されている。

キャストの人数や配置、盛り上げ方が巧妙なのだろう、ショータイムが始まると、客全員がその空気に巻き込まれ、「踊るアホウ」になり下がる。キャバ嬢も、着物を着たママも、会社の社長も、普通のサラリーマンも、やくざの親分も、例外なく立ち上がって踊りだすのだ。

じつに興味深く、また愉しい。

店長は酒は好きだが、馬鹿騒ぎは嫌いなタイプで、行く寸前まで入店を拒んでいた。それをおれと女の子2人で牽引して無理やり連れて行ったのだが、そんな店長もけっきょく店のハッピを着こんで踊っていたのだった。

ただ、慣れないことをやったせいだろう、普段ならありえない程度の酒量で完全につぶれてしまい、2時を過ぎたあたりで、席から姿を消してしまった。上着や鞄は置きっぱなしでである。

“店長、大丈夫ですかぁ?”“ううん、大丈夫、なんじゃない?”“大丈夫ですよねぇ”“うん、たぶんねぇ”と、何の根拠もなく“店長は大丈夫”なことにして、そのまま4時過ぎまで馬鹿騒ぎをつづけた。

4時過ぎに店を出て、“上着も鞄も置いたままどこいったのかなぁ”“あ、店近いし、店で寝てるんじゃないですかぁ?”と相談しつつ、店に向かうと、はたして店長は店のソファーで半目を開けたまま眠っていたのだった。

女の子たちが“きゃあ、かわいそう””ごめんねぇ”などと口にしながら、バスタオルをかけてやり、おれはソファーに置きっぱなしの財布をカウンターの裏に隠してやり、“じゃあねぇ”と店を後にした。


◆10日(土)

内田樹先生のブログの12月9日に、内田先生がゼミ生を選ぶときの選考基準について書かれている箇所があった。その部分を抜粋する。

―“私が重視するのは、「コミュニケーション感度」である。
こちらのモード変換にどれくらいすばやく反応するか、その反応速度でだいたい点数が決まる。
私の出す質問や脱線する無駄話の内容だけでなく、こちらの話し声のピッチやトーンや姿勢やテンションの変化といったシグナルを「どう読んだか」ということを見るのである。
コミュニケーション感度の向上を妨げる要因は、つねづね申し上げているように「こだわり・プライド・被害妄想」(@春日武彦)であるので、「こだわらない・よく笑う・いじけない」という構えを私は高く評価する。
これは別に私の趣味でやっていることではなくて、この構えは生物の個体としての「生存能力の高さ」に相関するからである”。
なるほど、「こだわらない・よく笑う・いじけない」―まさにそうなんだよねぇ、と強く共感、納得する。

おれなどは、この「コミュニケーション感度が高い」という1点をもって飯を食ってるようなものである。

でも、その1点をもって「飯が食える」=「経済価値が高い」ってことは、「どんな場面においても、こだわらない・よく笑う・いじけない」ってのは、それなりに希少な能力ってことになるのだろうか。

…ああ、そうかもしれない。


◆11日(日)

昨夜はひとりでキャバクラに行き、夜中まで飲み、その後サウナへ行った。

1時間くらい出たり入ったりしていると、体に残ったアルコールもすっかり搾り出される。

そのまま泊まって、眠り続けて、現在。12時間以上眠ったことになる。

爽快感。

今日はこれからどうしようか。

…とりあえず本屋に行こう。