ごきげんようでございます。

フリーランスの養腸家・セラピストのmanoです。

ガォーーーー!

 

 

愚痴。

グチ。

ぐち。

guchi。

(しつこいって!)

 

 

グチりたいとき、ゼロではないです。

ディスりたいときも、あります。

(基本、腹黒ですから~^^)

 

 

だれかれ構わずグチったりしませんが、

グチるのが アリ か、ナシ かの二拓なら

 

 アリ

 

がわたくしの考えです。

 

 

ただし、ルールがあります。

 

 

 相手を選ぶこと。

 

 

相手の時間とエネルギーを奪う行為になりかねません。

そのあたり(「今からグチりまっせ~」)を伝えておけるといいです。

  ↑

相手も「これからこの人はグチるんね、OK、了解!」ってなりやすい。

氣持ちの準備がしやすいです。

 

 

なにを話してくるんだろうって真剣に聞いていたら、

「単なるグチだったんか~~~い」ってオチは

くたびれますよって。

 

 

グチるのもディするのも、誰かに話す という行為です。

 

話す は 放す・離す に通じます。転じます。

 

 

じぶんの負の想いや感情、考え方を手放(離)すのは大事です。

ずっとじぶんの中に押しとどめておく方が不健康だから。

そのために話すグチはアリってこと。

 

 

ただ話して、周囲を迷惑の輪に巻き込んで、

巻き込んだ人をひたすらイヤな氣分にさせるだけのグチは

エレガントじゃないです。粋じゃないです。

江戸っ子として、無粋(エセ関西弁をつかう江戸っ子mano)

 

 

だれも得しないグチはナシ。

 

 

グチってディスって、スッキリして、

 

 

「なんだか力わいてきた!

 聞いてくれてありがとう(^_-)バチーン」

 

 

相手に感謝できるグチ、

なおかつ聞いた相手も

 

 

「グチきいてあげてよかったナリ~」

 

 

と思えるのがよいグチでございます。

 

 

愚痴って漢字にするとエラい不憫ですわ。

「愚」と「痴」でしょ。

どっちも「おろか」っちゅー意味がありますよって。

 

 

それゆえ愚痴は、己のオロカさを露呈する時間でもあるんですわ。

だから、話して(オロカさを)放すのは大事です。

話すことで、己のオロカさを自慢げにひけらかすのは品位がない。

 

 

相手を選んでホドホドにね、というのが大人のたしなみではないか、と。

 

 

グチにもルールがあるってことで。

 

 

 

そういや谷崎潤一郎さんの「痴人の愛」という書籍、

 

 

昔は音だけ聞いて「知人の愛」だと思っとりました。

まったくもって愚(オロカ)なワタクシです・(*ノωノ)

 

 

台風がきておりますね。

今日は群馬の伊勢崎でセミナーいたします。

 

 

本日お出かけになる皆々さま、くれぐれもお氣をつけください。

わたくしも氣をつけますよって^^