ごきげんうるわしゅう。養腸家で腸セラピストのmanoです。



サロンにおいでになる方で


あることに夢中というか没頭している方がいます。


仕事そっちのけ、ではないですが

そこまで夢中になるか?というほど夢中。


それほど夢中になれる、没頭できるものがあるとうのは

ある意味幸せとも言えます。が、

働いたお金のかなりの額をつぎこんでいる模様。

※他人サマの懐ですから、とやかく言う筋合いはないです、はい。



夢中になる・没頭する の背景にあるのは、ご家庭内の事情。


ご家族とあんまりうまくいっておりません。


○○なんて、この世からいなくなればいいのに・・・!

(○○さんはご家族のひとりです)を

かなり劣悪な言い方で吐きまくります。

憎しみのこもった発言は聴いていて切なくてくるしくなります。


そのストレス解消の場として、夢中になれる「あること」が存在します。


そう。

○○さんへの負の感情がつよくなるほど、イヤであればあるほど

「あること」への拍車もかかります。


「あること」に夢中でい続けるためには

○○さんに向ける負のエネルギーが必要なのです。


○○さんとの関係がよくなったら、

「あること」に向かうエネルギーも減る(はず)。


それを知ってか知らずか、今日も「あること」に夢中です。


誰かを憎み続けることがじぶんを突き動かすエネルギーなんて、

けっしていいことではないと思うけれど。


じぶんの抱えている問題と対峙する氣(力)がなかったり、

その感情をあえて手離したくないときに、わたしができることは、

今かかえているココロの毒を出してもらうことです。


現実・今この瞬間と向き合う準備ができてないとき、

その時がくるまで(わかっていても)放っておく必要もある。


なんだろう、心のかさぶた状態って書けばイメージしやすかしら。


・・・はがゆい。でもムリにはがすと痛いし、再出血しちゃうから。


“その時”がくるまで、まったりと待ったり。
(あ、ダジャレです)


本氣で夢中なのか、代替行為として夢中なのか、夢中にもイロイロあるわいな。