私が心の底から憧れる人は、定食屋で「いつもの」と注文する人だ。その自信、強いメンタル、自己肯定感、全てが羨ましい。機会があれば、その方に聞いてみたい。一体何回目の来店で「いつもの」と注文されたのですか?

 

「いつも」というのは言い換えると「常に」。英語にするとalways。通い続けて30年。雨の日も雪の日も何があろうと毎日レバニラ定食。記念すべき1万回目の来店。満を持して「いつもの」というのなら納得できる。店の方も喜んでニラレバ定食を持ってくるだろう。(ずっと黙ってたけど、ウチはレバニラ定食ではなくニラレバ定食なんだけどね…☆)

 

最近通いだした定食屋がある。チキン南蛮定食が美味しくて1週間欠かさず毎日食べた。席も大体同じ場所でなんとなくお店の人とも顔馴染みのような感じになってきた。どうするべき?いける?これは勝負すべきなのか?8回目の来店。いつもの時間に、いつもの席。全ての条件は整った…!

 

「何にしましすか?」 にっこり笑って言う。「いつもの」

 

瞬間、空気が変わったような気がした。心なしか店員さんの笑顔がひきつってはいないか?

 

「い、いつものですね。かしこまりまりもした」足早に店員は去っていった。

 

厨房内で緊急会議が開かれる。

 

「ちょっと、あの角の席のお客さん、何回かは見たことある気はするんだけど、いつもの、なんて注文してきたのよ。一体なんなのかしらね?」

 

「えー、私は初めて見たけど。なんか存在感薄い顔してるものね」

 

「ちょっと、ムーディ勝山に似てるわね」

 

「大体、あんたが毎日なに食べてるかなんて興味ないっつーの!」

 

🍺

おかしい。普段は注文したら10分ぐらいで出てくるのにもう30分もたっているぞ。まさか。いや、そんなはずはない。今日だっていつもの店員さんがあんなにアットホームな笑顔で迎えてくれたじゃないか。

 

 

厨房

「分からない。今日休んでるパートにも全員連絡して確認したけど誰一人記憶にない。今更、いつものって何でしたっけ?なんて聞ける訳もないしな〜」

 

「もう、注文してから1時間経つぞ。これが店からの答えだ。なぜ気がつかない?急用が出来たとか言って席を外してくれ。それが双方にとって最善の解決策ではないか…」

 

 

🍺

「定食屋で1時間料理が出てこない?何があった?一言説明があってもよくないか?ん!?そうか。もしかしたら、タルタルソースの材料を切らしていて、スーパーに買いに行ってるのかもな!それ、タルタルソースちゃいますやん!足らん足らんソースですやん!!なんつって。なーんだ。そう言うことか。もうしばらくの辛抱って訳か」

 

厨房

「うわーなんか、あの人一人でニヤニヤ笑ってるんだけどー。キモー。帰る空気ゼロよ。」

 

「自意識過剰にも程があるわね。」

 

「そうだ、防犯カメラだ!防カメを解析して、ヤツが過去に何を注文していたかを確認するんだ!」

 

「店長ナイスアイデアです」

 

「山が動きましたね」

 

さらに1時間後。

 

「うーん、どうもあの席の辺りは死角になっていてよくわからんなあ。しかし、映像から運ばれている料理は3種類に絞られた。みんなもう一度、よく思い出してみてくれ。あの男が注文していたいつものメニューとやらを」

 

「あ!私思い出しました。なんかここ1週間ぐらいたまに見かけるようになった、地味で陰気な男かも知れません。確か2回運んだ料理も同じものでした。」

 

「でかした!さあ、みんな。さっそく調理に取り掛かれ。ヤツに最高のいつもの料理を食わせてやろうぜ!」

 

一同「オー‼️」

 

🍺

「注文してから3時間が経った。3時間待ちって、ここはGWのディズニーランドか!なんつって。お陰で今週の週刊現代については日本一詳しい男になっちまった。もしかして、宮崎まで地鶏買いに行ってんのかなー。ん、なんだか厨房が騒がしいぞ?」

 

「お待たせしました!」

 

「おお、やっと来たか。ビッグサンダーマウンテンかコノヤロー!なんつって。いや、なんでもないです。そうか、やっぱり、材料が切れて買いにってたのか。うんうん。おれ今日仕事休みで良かったよホント。あれ?」

 

「大盛りチャーシューメンと巻き寿司2本です」

 

「ズコー‼️」

 

 

こんな悲劇が待っているのではないか、と心配になり、私は今日も「いつもの」と注文することができないでいる。

 

もっとも、定食屋からは私自身が、一人でニヤニヤして挙動不審ないつもの客と認識されているかもしれないが。