「地震雷火事親父」なんていうけれど、私が身近にあって怖いものは「脚立、螺旋階段、観覧車、飛行機」とにかく高い所がダメなのである。そしてパニック発作の予期不安に悩まされるようになってからは、狭い所も苦手になりどんどん生きにくい世の中になっていった。だからそういうところはできるだけ避けるようにして、どうしてもというときには抗不安薬を飲んで乗り切ってきた。
しかしあるサイトで認知行動療法というものを知り、できるだけ薬は飲まず、むしろ不安な場所に積極的に出向くように生活スタイルを変えた。ちょうど、そのタイミングで職場の労働組合の議長になり、役員室での春闘や、会議での司会を薬なしで乗り切れたことも自信になった。そしてその組合の議長セミナーが6月上旬に中国で行われることになった。以前の私なら飛行機になど乗れないので断るところであったが、これも認知行動療法の良い機会だと思い参加することを決意した。
しかし、いきなり当日飛行機に乗ってパニック発作を起こしては周りの皆さんに迷惑をかけることになるので事前練習として、観覧車に乗ることにした。以前のブログでも書いたけれど、吹田市のエキスポシティに「レッドホースオオサカホイール」という日本一高い観覧車がある。しかも、ゴンドラの床はシースルー。以前の私ならば、想像しただけで気分が悪くなっていただろう。しかし私は今日、エキスポシティに向かったのである。
久しぶりに見るレッドホースは記憶にあった以上の高さであった。親子連れの子供たちがニコニコ笑いながらチケットを買い、ゴンドラに向かってゆく。「トラウマになったりしないのかな…」おじさんはつぶやきながら、チケット売り場の前でもじもじしていた。(かなり不審であっただろう)「いざとなったら、隠し持っているウイスキーで抗不安薬を流し込めばよいだけではないか!」そう決意しチケット売り場に向かうも、直前で引き返すということを繰り返し「なぞのぐるぐるおじさん」と化した私は、もう数分すれば警備員が駆け付けてくるであろう前に、モノレールの駅に向かった。
観覧車には怖くて乗れなかった。今まで積み上げてきた自信が崩れ落ちてゆく気がした。しかし、言い訳すると、観覧車って飛行機よりもかなり怖いものではあるまいか。だってシースルーだし、せまいし、うごきがゆっくりだし…。私は、そのままモノレールの終着駅である「大阪空港駅」に降り立った。
空港の案内所で私は訊ねた「チケットを買いたいのですが」「ANAですかJALですか?」とお姉さんは言った。酒場でビールを頼んだ時に「アサヒとキリンがありますが」と言われた時と同じ気持ちになった。冷えてればどっちでも良いのだ。だからといって「心底どちらでもよいです。」などと答えても相手も困るだけだろうから。「ANAです。」と私はANA一筋!という顔をして言った。
場所を案内してもらい、カウンターに行き「次の日曜日に福岡にいく便のチケットを往復でください」と言った。そう、こうなったら実際に事前に飛行機に乗って練習するしかないと思ったのである。あまりに遠くに行き過ぎるともし発作を起こした場合その日のうちに戻ってく来られなくなる恐れがある。福岡であれば最悪新幹線で博多から新大阪まで戻ってこられると考えたのだ。「プレミアム会員様ですか?」と受付のお姉さんは言った。「プレミアムどころかむしろ初心者でして…」などと話すとまた話がややこしくなるので「いえ違います」と私は答えた。
朝10時30分に伊丹を出発し、午後4時の便で帰ってくるチケットを買った。滞在時間4時間。その日は朝仕事で、夜には送別会があるのだ。そしてその日を逃すともう練習する日は残されていないのだ。決戦は3日後。カバンには好きな作家の小説と好きな音楽と好きなラジオ番組を忍ばせて。最後の最後までウイスキーと薬には手を出さないつもりだ。せっかく福岡についても名産品でも食べながら一杯ひっかけられない(帰りの飛行機もシラフで乗りたい)のが残念ではあるけれど。
「あの、ここはプレミアム会員様限定のカウンターでして、次回からは一階のカウンターでの購入をお願いします」とお姉さんは申し訳なさそうに言った。そうかそうだったのか。なんだか名前を書いたボールペンが高級だと思ったんだ。周りもお金持ちそうな人ばかりだし。こんなよれよれスーツの飛行機初心者男にも優しく対応していただいたANA様にこの場を借りてお礼を申し上げたい。できれば無事飛行機に乗り、いつかはそのプレミアム会員とやらになってみたいものである。