先日、夫と『世界なぜそこに日本人』という番組を観ていた。



カンボジアで孤児院を営み、親のいない子供達に愛情を注ぎ続ける涼子さん。

彼女がカンボジアに渡ったのは55歳。

4年前にがんを患いながらも、カンボジアでの活動を続けている。

彼女の原点にあるものは、自分を育ててくれた養母だそう。血の繋がらない自分にたくさんの愛情をかけてくれたと。

母のようになりたいし、まだ母にはかなわないと語っていた。





そんな内容を聞きながら夫が聞いてきた。


「〇〇さんにもそういう感覚あんの?」

      ↑わが家は夫婦でお互いさん付けなんです。




「うーん。ないよ。」



「男はさ、たぶん、みーんな父親を超えたいって思いながら生きてんだよね。俺はそう。」



そっか。

男性はお父さんが目標であり、ライバルなんだね。

私には全くない感覚だった。





「なんとなく、私は、お母さんが誇りに思ってくれる人間でいたいって思ってるかも。」

「いや、お母さんというより、天国に行くとき、ご先祖様に頑張って生きてきたよって、誇らしく報告できるように生きたいかな。」




「ふーん。なるほどね。」




「55歳まで元気に過ごしてたら、タイで子供のボランティア活動でもしよっか(笑)」



「いいねー」





夫はタイが大好きで、結婚しなかったら、タイでボランティアしながら生きようって思ってたらしい。


なので、最後の会話は今の自分達を鼓舞するために言ってみた(笑)







人の役に立てるような人生を歩む人達を見ていると、本当に素晴らしいなーと思う。

そんな風に生きたいな、と憧れる。




仕事だって立派な社会貢献。

バリバリ仕事をこなし、会社で活躍する人達を羨ましく思う。






今、専業主婦な私…。

全く社会の役に立ってない。




でも、子育てしたり、親の面倒を見たり、それぞれの人に与えられている役割があるんだと思う。


子育てだって、将来の日本を支える人材育成という立派なお仕事!





悲しいけれど、人にはそれぞれの器量がある。

できる事とできない事があるのも事実だと思う。




でも、だからといって、それを卑下する必要もないのかなって、最近は思えるようになってきた。




今、私にできること、やるべきことを一生懸命やる。


それが誇らしく生きるための大好きで一歩かなと思う。






病気と向き合いながら堂々と生きる。

不登校の長男を見守る。

病気の次男を支える。



これが今の私に与えられた使命。