しましたよ。
まあ、このタイミングだったのでしょう。
んでも、解散イベントのために過去の音源や写真、二人とリハなどしてたらやっぱ総括しておきたくなったのでしておきます。
感傷的にならずにここでの収穫をまとめて次に進めたらなと。
昨日、ひなたと車でドライブしてました。
紅葉の山道を八縁伝のパンフを見せながら、「ここにマミちゃんがいて、パパがいて、ママがして、川名くんもいるよー」とか話してました。
ママの顔を一生懸命探すひなたに「パパとママと川名くんとマミちゃんはずっと友達だったんだよ」
と私は話してました。
車の中では「ラウンドスケープ」が流れておりました。
そうか、今俺はプライナスのことを自分の過去の物語として自分の息子に話しているのか。。。と思ったら時というものは本当にすごいなーと思いました。
同時に、あの日々のことは過去になったんだな、と実感しました。
自分の人生で一番大きかった事は、音楽との出逢いと、プライナスとの出逢いかもしれません。
長い時間をかけて、やっと私は音楽だけでは足りなかった価値観を拡充させて、自分の人生を歩みはじめることができました。
昔のわたしを知る人間は、今の私と全然違うらしいので面白いです。
プライナスのどこにそんな価値観があるのか、
お客さんとしての立場の皆さんからは、音源やライブからだけは決して伝わらないかもしれません。
彼らはすごく天然で親しみやすい幸せそうなバンドに見えると思います。
私は彼らと近い距離で、その距離でしか話さない本音の言葉を、日々の会話や、ひとつひとつ選択する姿を見て、揺り動かされながらも私はすこしずつ変わって行きました。
現在、大勢の才能のある方々と鍵盤でサポート活動させてもらっていますが、プライナスの才能と行動力に直で触れる事がなかったら、今出逢えている全てのアーティストの巨大な価値観を共有する事はできなかったでしょう。
11年前から、プライナスの時の私は、最初から最後まで本当に大変でしたの一言でした。
そりゃーみんな大変だったと思うのですが、私の場合はまー、自分のここでの役に立ち方がさっぱりわからなかったですな。
二人の才能を世に出すのが自分なのではなかろうかという予感がありましたが、
川名くんとマミちゃんがどうなりたいのかがわからない(笑)
なにか人生に本気なのはわかるのだが、そのための選択が常に謎すぎる。なんかセンスはすごくいいのだが、異常にマイペースだし、
ライブ活動ひとつとっても、路上はまだわかる(のは当時路上ブームだったからね)、この人とこの人を同じイベントに出演させたいのか、この主旨のライブでなぜこの曲をやるのか、このコーナーを挟むのか。。。
これ、もう何度やってもやっぱりわかりませんでした。
んで、この感覚、多分プライナスになんらかの形で参加した方なら共有できる感覚だと今ならわかるんですけども、全部をひとつにして出そうとすることがあるんですね。彼らは。
とにかく今やりたい事を説明の手順を優先して切り分けたりしない。
それがプライナスに一貫するわかりにくさとして現れていたと思います。
私は当時本当に人と触れ合うのが苦手で、一人でもっと音と戯れる時間を大事にしたい人間だったので、その時を楽しむことのできない自分の狭量さと、プライナスを変えて行かなくてはならないという、義務感にいつも難しい顔をしていました。あと、自分の未熟さにも。
彼らに伝わる言葉を長い時間をかけて探したり、積み上げた選択で伝えてゆきたかったのですが、なにしろ人間関係が下手なので、すぐにシンプルな結論で伝えようとしたりするわけです。
情熱を持って意気揚々としている人間にそのやり方ではまっこと伝わりにくいですなあ。。。
当時の写真観ると鬱屈しているのがわかります。なにはともあれ太っている(笑)
いやー、ヤバいな!若かりし頃!
ごめんね、みんな。。。
んがしかし、その経験が、今いろんな方とサポートする時に役立っています。
「この人はなぜこういうことをやりたいんだろう?」
「どのタイミングでどの言葉を伝えるのが一番いいのか?」
なにがやりたいのかよくわからん時は「とりあえずやってみる」ことが、その人の世界に触れる手がかりでした。
先日の解散イベント、私が最初に出した企画は、「プライナスの歩みを音源と資料で振り返る」でした。
「何故プライナスはこのような歩み方をしていたのか?」
というテーマを、今なら参加者の方々と共有できるんじゃないかと。んで川名くんの言葉でその本心をいよいよ語ってほしいと。それは突っ込み方と明かしよう次第ではとてもフィナーレらしい内容になるはず、んでそれが私の11年来の願望としてもあったわけです。
イベントはミーティングを重ねるごとに曲中心のライブに形を変えていったわけですが、冒頭で流してもらったオープニングのスライドショーの選曲と曲順、画像に私の現在のプライナスへの思いが詰め込んでありやす。
彼らの音のバラエティさ、彼らが伝えたかったメッセージ、活動の履歴が48分で楽しめるように工夫しました。
ここで観る事ができます。
私から応援してくれた皆さんに約束できるというか、信じてもらいたいことは、プライナスは活動の本質に関わる選択の時、常に本気で「意識してそれを選択しなかった」ことと、「意識してそれを選択していた」ことです。
彼らは根本ではその夢を信じていたからやっていました。
例えば、自分たちの音楽を切り分けず、それをどこでもやるのが彼らの選んだ人生であったし、大仰にも、それがみんなに伝わる世界の本質であって、それで売れる=人の心に伝えることができるはずとおもっていた。
伝わらない未熟さが自分たちにあるならもっと本質的なところを成長させて行くべきと思ってて、自分たちの存り方と選択がこれでいいのか、そこを常に問うていました。
長い時間がかかっても、それを信じられた人間は居続けられたし、そうでない人は離れて行きました。
私は途中から経済活動と自分のもっとうまく生きられる他の音楽活動を夢見て離れました。
なんにせよ、彼らが人生をかけて誤解を恐れず「その在り方」を選んだのですから、それが音楽と同じくらい重要な夢で、それがプライナスである事はできなかったのです。
それを体験しに行くしかなかった。
そのやり方が世界に通用したのか、はもう結果が出ています。
プライナスは解散しました。
彼らも世界もとても頑固で、11年では歩み寄りあえなかった。
私は2006年に脱退しましたが、その後何度もプライナスに参加し、また離れ、なんども活動をともにし、結局彼らと完全に離れることはありませんでした。
解散イベントには2006年頃毎日つるんでいた仲間のほとんどと会う事ができました。
きっとみんなそれぞれになにかを感じて集まったのだと思います。
こんなとこまで私と同じ事考えてる人はいないだろうな、とは思いますけど。
きっとみんなそれぞれ、本当にそれぞれだと思いますけど。
今回、「呼吸」という曲に改めて響いたわけですが、その中で
「君の心臓へこの世界の息を送る」
というフレーズがあります。
これ、川名くんが私にしてくれたことだと思います。
世界を揺り動かしてくれてありがとう。
川名くんとはこれからも音楽制作やると思います。
マミちゃんとはceccoで二人で出来たのが、ちょっと未だに信じられないくらい嬉しいですね。
二人とも幅がすごく増えたというか、成長したのね、と思いました。
あるいは、私はマミちゃんの事なんにも知らなかったのかも知れません。
彼女の人間性、歌には本当に素晴らしく、ろじうらでの仕事っぷりには感謝しています。
全くマミちゃんじゃなきゃできない世界を描けました。
大変な中ありがとう。
今置かれている状況が自分らしくなくても、そこで得た闇も光も、必ず次の大きな世界でなにかの役に立つ、というのが私が言える言葉です。
そこで出逢う誰かはみな何か自分に似た問題と、自分にはない素晴らしさを必ずなにか持っている。
問題には自分を癒すように、そしてその人の本当の素晴らしさを見つめて、その姿に向かって接してゆく事が、私は彼らからしてもらったことだし、また自分の過去を肯定することに繋がっていて、今いる人たちは、過去の自分と、未来の自分を持ってる人たちに見えて仕方がないのです。
そのように思えてから出来る事も出来ない事も含めて、あるがままの自分であることが楽になりました。
なんか校長先生みたいになってきたな(笑)
んなわけで、ありがとうございました。
プライナスの真野でした。
長い間そんな変なバンドと変な私を応援してくれた皆さんには本当に感謝しています。
私が最初に脱退したとき、何人もの方からピアノが抜けてすごく残念だった、という言葉を戴きました。
自分の物差しがどうあれ、誰かにそんな伝わり方をしていた事と、そう見せ続けてくれていたプライナスに感謝しました。
見方を変えてみる事ではじまります。
これからも、私の中の灯が、皆さんの中の灯がこの世界の灯でありますから。
ありがとうございます。
2012 11/28
真野文宏


