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manooon column 2

鍵盤の人だったけど2014からは自然栽培の人、マノフミヒロの日々是エッセイ。〜2010。活動告知、雑感など。

農は本当に楽しい。
自然の営みに触れ、自分が何者かを思い出す事は、アートがいかに自然に準じたものであるかという意味で、あれから音楽機材は部屋で待機している。
いつかその時の音を鳴らす日が来るだろう。

自然栽培を始めるのは難しくない。
本五冊読んでネット見てたら始められます。

楽しい以外の農をやる理由。
スイスのジェノバ。

各家庭に菜園があり、知識や知恵を互いに相談、助け合って家庭菜園を進めている。
こんな町にはTPPは入って来れない。

微生物がいっぱいの自然栽培の畑からは放射能が検出されなかった、との報告もある。
原発事故先進国である日本がこの形に転換出来たら。

一億人が毎日のおかず一品を、顔の見える安心安全な生産者から買うなら、どんな運動より簡単に、市場の方向性を変える事が出来るだろう。
JA岡山が自然栽培の普及を支援し始めたり。

ひとりひとりの意識が変われば、この国は変わる。世界は変わる。
自分のきっかけは震災と、去年の参院選挙のとある立候補者の言葉だった。
来年はミツバチも飼いたい。
自給の条件は「家族三人が楽しく、地球に良いもの。」

…そして今はその過渡期。
時代のシフトのバトンの途中。
大規模農業には大規模農業の良さがあって、それを認め、その上で地球一個分で回せるの循環型の形を、できるだけ追求してゆくべきだと思う。

不耕起、自然栽培、有機農法、その中にはそれぞれ作る側にも受け取る側にも課題があり、経済絡みの言葉のトリックもあり、随分詳しく知らないと安心安全をチョイスするのはなかなか難しい。
その知識をひとりひとりが増やして行くのは勿論の事、
一番シンプルなのは顔の見える農家から買うこと。
その中にはもちろん、プロの農家しか出来ない方法論だってある。
農家ひとりひとりの事情と愛のかたちを見つめていきたい。


どんどんステージが大きくなっていく。

考えなくてはいけない事がどんどん膨らむ。
ずっと考えている。


自分が大規模農法やるなら、力強い生命力あふれるものを目指す。
農薬は論外、解答は多様。
そこで、無肥料区と肥料区に分け、
使うべき肥料を見極めれるようになるのはどうだろう。
手づくりの完熟にこだわる。とか。
今一番会いたい人は、大規模農業の規模で、自然栽培のノウハウを組み込んでいる人。

地球が未分解の有機物が残ってる土だとしたら、自然栽培家は微生物。だとすると、大規模農業家は大型分解者のダンゴムシやムカデの役割が担えたら、と思う。
そういえば重機は形も似てるな…(笑)


畑が出来ない人こそが罹る病気がある。
過労、鬱、引きこもり、癌、寝たきり。
そんな人たちが無農薬、無肥料の生命力溢れる野菜の良さを知ることが目標の大規模農業。
JAと有機認定は大手所属事務所とJASRACみたいなモノだろうか?
流されてはいけない部分を心してかかれば、時代のニーズを伝えていくことできるんじゃないのかなー。
わかんないけど。
下から変えていくのが基本。
仕組みを作れる人はたくさんいる。
生産者になりたい。


自給畑はもちろん自然栽培。こちらは無肥料でやりたい。
一年目の畝は立てるが、自分のなりの農法の軸、指針、勘の元となる経験を増やす場にしたい。
来年は別の場所で無農薬の水田もやりたい。

個人的に思うのは、食だけ徹底して良いもの摂る事よりも、デトックスが重要になる時代。
毒と共生してゆく時代になると思う。
それは農以外の生き抜くノウハウが必要。そことも繋がって行きたい。
この時代を選んで産まれてこれた喜びからいつも始める。

農はとにかくめちゃめちゃ楽しい。
健康な人はみんなやりましょうぞ、ってのはすっごく思う。
自然農家にシフトするのは若い頃重病を患った人が多い、てのが私観ですが、こんな楽しい事、元気な人達がやらずにどうするかと(!)
チームイヤシロチは今、プランターで自然栽培できる土を作ってる。
ミュージシャンもプランナーも、ツアーしながら土日にベランダで育てられる力強い作物。
西尾の微生物と竹パウダーが繋げます。

まずは出来る事から。
本当にこの国戦争になるのかいな。
これは困った。
日本以外で住みたい国なんて無いぞ。

アーミテージナイレポートについて
http://s.ameblo.jp/matsui0816/entry-11342495332.html


原発事故以来、音楽家としてどんな事態が発生しても、表現しつづける事が出来るのか?とか、その覚悟を今までの活動の中で、自分の中に見出す事が出来たのか?
なんて問い続けてたわけです。

子供の頃、手塚治虫の「来たるべき世界」のラストでピアニストが崩壊していく世界の中、ひとり弾いてたシーンがずっと心の中にあった。

あのピアニストは手塚治虫本人だったのではなかろーか。
空襲のどまん中で、ひたすらマンガを書き続けた少年。
自分の内なる世界を戦争に捧げる事なく、美しさに最後の一瞬まで向き合い続ける、というアーティストとしての覚悟。それがあのピアニストだったのではないだろうか。

あの衝撃から23年ほど経って、今、世界の最後の瞬間にひとりでピアノを弾きたい、と家族に言える俺に近づけたのだろうか。
自分の価値は、自分のこの音であるとか、生きてきた全てがこの一音にある、とか、そんなの当たり前だし、余りに自然すぎるものだし。
自分の世界に夢中になる事を、最期の瞬間に選びたい訳ではなかった。

アーティストとは、自分は自分である事と、自分であるための場所を知ってる事だと思える。
そんな自分になっていた。

自分の場合、地球に寄りそうやり方で、野菜育てるニンゲンのひとりとして目覚めた方が、この生に後悔しないな、と思えたわけです。

最初は家族で徳島に行き、疎開家族の人たちと会ってみた。
次に地元の市民農園を借りた。
西尾のほうろく屋に出逢い、耕作放棄地を無農薬野菜作りの畑にしている人々に出逢い、今では生業を、耕作放棄地を次々無農薬畑にする、イヤシロチとしてライフワークにして行こうとしている。
福島の無農薬無肥料の畑からは放射能は検出されなかった?
じゃ、今やってるこの作業は、必ず未来に繋がるはず。
目標は最高の土と、結果、何故かベクレルフリーな野菜。
頭の柔らかい、センスを同じくする人々には必ず響くはず。それを夢見て生きていけば良い。

(核融合が科学の最先端ならば、
散らかった放射能を回収するのは、さらにもっと最先端の技術。
まだ見つかってないから、原発は作っちゃダメなのだ。
放射能を回収する方法は、科学とスピリチュアルのグラデーションを踏み込んだ一歩先にある。
科学もスピリチュアルもおんなじで、単なる見方の違い。
てゆうか真相は、利権の問題で次に行けないだけ。)

いつか手塚先生に会った時に話す事が出来たと思った。
それなら今ココで出来る。



…んがしかし、なんなんだ、ここ最近の流れ。

マスコミがとか、自民党がとか、韓国が、中国が、アメリカが、支配層がとか、言ってる場合じゃなくて、最期の断末魔を上げてる資本主義に操られてるだけなんだ。全員。

資本主義の次を見出す勇気を。
安倍さんのせいにして嘆くのではなく、ひとりひとりが次の意識を持って行動を開始するべきだと思う。

過去にすがる世界の目を覚ますくらいの、今を描くアーティストの登場はまだ先なのだろうか。
欧米が産んだロックの価値観は、ちっぽけな自分を信じる事だった。
しかし、自分の好きな事だけやればいい、という感性は、新しいアートの登場を持って変化した時代と共に、淘汰される気がするのだ。
日本人として普通に存在する感覚、欧米と距離置いて産まれるアート。

訪れた今を描けないなら、野菜作ってた方がいい。
時代が変わる気配に気付かずにいるなら、それは原発やれば、オリンピックやれば、戦争やれば儲かる、と同じ感じ。
やるなら、世界を巻き込んで変えるくらいの強い、自覚的な楽観性でやるべき。

今の時代を我々は選んで産まれて来たなら、まだ観ぬ物語を描く喜びがきっとあるはず。
最高の喜びの物語を生き抜いて行きたい。
ひなたもきっとそれを望んで産まれて来たと信じる。

イメージできる事は必ず本当になる。
記念に更新します。

冬から育てていたシュンギクをついに収穫しましたー!
初収穫!



いやー、本当に感無量です(涙)
思い起こせば、寒い冬の苗管理、
土の乾燥で一晩で全員ヘロヘロになってたりと心配が絶えませんでした。
苗は腐葉土を使いましたが、畑に入れてからは草マルチ、竹マルチだけでいわゆる農薬、いわゆる肥料はもちろん、水も与えていません。
雨の度にどんどん大きくなって行き、あっと言う間に採り頃。
本当にすごい生命力です。
両親と嫁の評判は良く、嫁は甘さに感動、両親はこんな生で食べて美味しいシュンギクは初めて、といってました。

その他、つるありエンドウはツルがえん麦や竹笹をつかんでいたり。
あんなに別の方向を向いていたのに、すごい。わかるんですね。


ジャガイモは15センチの深植えでしたが、ついに芽がいくつか!


自然栽培で結球はむずかしいとされていたレタスは結球が始まるなど。

すごいっす。春の雨。全員魔法使い。

次はニンジンと小松菜とルッコラの発芽が楽しみです!



感謝!!!!
Facebookページ作りました。

チーム イヤシロチ
https://www.facebook.com/team.iyashirochi

耕作放棄地だった西尾市の峠山で、豊かな畑、イヤシロチを目指して活動するチームイヤシロチ。
土作りから野菜つくり、無尽蔵に生えてる竹や草をどう活用するか?
石だらけの畑がどんな野菜の育つ畑に変わるか…などなど、
微生物を活性する日水草農法の取り組みなどを報告します。
じっくり時間をかけてのドキュメント。
是非ともよろしくお願いします。

イヤシロチとは?
http://wellness7.co.jp/iyashirochi.html
人も野菜も元気に育つ場所、イヤシロチ。
パワースポットと呼ばれる神社はイヤシロチに建てられているとか。
反対に、何を作ってもうまくいかない、怪我や病人が多く発生する場所をケガレチというらしい。
耕作放棄地を野菜が育つ土に変えてこうという意志を込めて、チームイヤシロチと名付けました。
チームとはいえ、新党今はひとり状態。
コーネリアスならTシャツ作れるじゃんと言ってくれるでしょうが。
毎日更新しています。
是非ともよろしくお願いします。


パワースポットといえば、いまやすっかりメジャーな響きになりました。
イヤシロチって言葉は世間一般ではなんとなくスピチュアルなんでしょうか?
私は「あんまり耳馴染みがない」「なんかオドロオドロしい」て辺りがみんなの「なう」?と思ってますが、どうなんでしょう。
おのおのイメージがあると思いますが、上のリンクを見てもわかるように、科学を元に研究の結果に基づいて結論を出した人がいたのです。
知ればとっても普通な話。
問題はイメージ。
「なう」の「みんな」の中にあるのはどこかでついたイメージでしかない。

スピリチュアルか科学か、で最近思ったのは月の満ち欠けを利用したいわゆるバイオダイナミック農法。例えば、こんな一文がある。

※新月から満月

葉野菜、実野菜の種まき、植え付けに適す。
朝にやると良い。
この時期に刈った薪は煙が多く出る
※地面より上方に育つ植物やほとんどの花の植替え、接ぎ木、種まきに適している。
この時期に収穫したハーブはより芳香がある。
この時期に伐採されたクリスマスツリーは針葉が落ちるのが遅いといわれている。
すぐ食べるための果物はこの時期に収穫するのが良い。


なにこれ一体?魔女の儀式?知らないとそんなイメージで見えちゃう。
んがしかし、そこに書かれていることをいろんな視点からひもといてみる。
自分の軸は、最後に座る椅子としてひとまず置いとく。

新月から満月に向かう日数に比例して、月の引力は強くなっていく。
地中の水分は地表へとあがってくる。
地面より上にのびる葉野菜は水分を上に吸い上げやすい。
芋類など、地中に身を付けるものは満月から新月に向かう時期に、根が地中目指して伸びてゆく。
薪の木は、水分が地中深く沈んでいる新月付近で切るのが良い。

めっちゃ科学。
イメージって何?固定観念、聞いた話。過去の苦い経験やうまく行った経験。
宗教はお金儲けだったりしたときに傷つく?
その期待も先入観という名のイメージ。

情報化社会では、情報はもとより、自分も疑ってみることも大事、という話。

「科学的じゃない」って批判も、実は科学のことを知らずに、「なんとなくの科学のイメージ」で語っている場合が多いのかも、と思う今日この頃。
それか利権を持つ大企業や国が誰かに語らせた言葉?
疑う事すら洗脳?その危険すら自分でチェックして、ひとりずつが、ひとりずつで、それぞれ見る。

突き詰めた科学は、スピリチュアルとグラデーションのように地続き。
原子核の分裂は数学界では芸術らしい。
地球のアート。


これだけ情報が氾濫してくると、情報に押し流され、チョイスするセンスは磨かないのはヤバい、と思って当然。
過渡期に於いては安易な答えに安住することなく、揺れながら自分の答えを見つける過程があるべき。
サクッと情報を入手できるようになった時代の新たな課題と言える。

山崎パンはふかふかのパンにするために唯一他社が使用してない危険な薬品をパンに使ってる。
んでも、震災があれば困った人のために自社トラックはパンを無料で配る。

この事件をどう捉えたかが、各々自分。最後のチョイスはお任せ。
なんでもいいんだけど、
私は、「大企業は人が喜ぶことをやるから大企業なのだ」と思う。
添加物になに使われてようと、食べた人体に「ただちに問題はない」。(日本人はその言葉に弱いのか?)
それよりもふわふわの口溶け、あまい香り、それをチョイスする消費者があるから大企業ははしごを下ろせない。

支配層の中には、消費者ひとりひとりがもっと賢くなったら自分はこんな仕事しなくていいのに、と思ってるんじゃないか、と思う。
自分がもし支配層のひとりになったらどうするだろうかと思う。
生まれつきカリスマ性を持ってて、人を導く才能があり、御曹司に産まれ、先見の明があるとしたら。
朝起きて夜寝るまでのひとつひとつチョイスのすべてが世界に大きく影響する支配層。
誰だって家族が一番大事だし、グループ企業の従業員の人生を一番に考える。
資本主義社会、戦争経済の中でのトップは、地球全体の事を考え続けなければならない。
たったひとりの人間に、その重荷に耐えかねられる聖人君主であれ、と言えるほど、どこの消費者がいえるのだろう。
私は、そこになんとか愛を見ようとしています。見方を変えれば農薬も愛。
感謝の波動はどの波動よりも周波数が高く、物質を変える。
ホメオパシーも菌も、今は科学ではなくても、いつかは科学になるかも。
自己責任の元に味わった方が得。

というわけで、いまここで、わたしやあなた、消費者がひとりずつチョイスして、変わってゆくのがいいと思うのです。

音楽家も、活動のかたわら、ひとりひとりが週に一日、プランターでもいい、なにか一品目野菜かハーブを作る事を学んでいったらそれでこの国の消費動向はぐっと変わると思う。

「地球に優しく」も「パワースポット」もかつては口にするだけで頭おかしい人と思われる言葉だったが、今やメジャー。(メジャーって結局、資本主義の手のひらで転がされて手垢まみれになっただけの様な気もするんだけど、それも結局資本主義の撒いたイメージに振り回されたって事。)

「農薬無使用」は今やど真ん中ストライク。
「無肥料」も来てるし、今の最先端は「虫がつかない土は一番いい土」。
これはスピリチュアル?それとも最先端の農法?
全ては、すべての色がグラデーションでつながってる。
現在、いまここはバトンの途中。
感謝して、次へ。

イヤシロチがやろうとしてるのは
「虫が付かない土は一番いい土」農法で、それは誰でも簡単にできるはず。子どもが喜んで野菜を食べる農法。
よい土や、やり方をシェアしていきたいと思っています。

今は異端でも、
10年後には常識に。
農法もネーミングも、そんなとこから産まれました。
ひとりひとりが踊らされる事なくチョイスして揺れながら変わりゆく今を踊ろう。
常識を疑うことなくして、無農薬栽培は産まれなかった。

2600年周期で地球は分裂から統合、調和の時代に入りました。
イメージしたことは現実となる。そのスピードはどんどん加速している。
菌が助けてくれる。

どれも、科学でスピリチュアルで、途中で普通。
これを、もっと短く、わかりやすく言えるようになるのが私の課題(笑)
毎月満月の日にブログを更新することにしました。
まあ、多少テンション高くてもお互い様、大目に見てもらえるかもしれない、ということで(笑)

今月は雨多かった。
雨降り後に畑に入るとカチカチになってしまうので、降ると翌日も、計二日間はなんにも出来ず。
種まきまで日ごとに一日が貴重になってく中で
光向がインフルと水疱瘡を併発し車が使えないのが一週間続いたり。
(ここで得た嫁の気付きは一生もののプライスレス。
不安と葛藤と、母として強くなる彼女に出会え、共に成長していける毎日に感謝!)

ギリギリ三月の月齢七日目までに緑肥を数種蒔く。
一雨降ると、一斉に元気になる草達。
庭のプランターのネギもひと雨ごとに食べられる長さになる。
この暖かさなら、次の雨で緑肥も芽が出てくるのかな…
などと、結局、自分の立ち位置次第で雨の捉え方も変わることに気づいたのでした。

梅が咲きました。
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梅の咲いた頃にエンドウの豆撒き、との事でさやから落ちた形に5個、9ミリポットに蒔きました。風除けのえん麦と混植。
届いた種を開けて見て、種子洗浄の薬剤に驚いたりしたっけ。
調べたり様々な立場の人に意見を聞いていった中で見えたことは、
いかにその手段を選んだ人の愛を感じて、自分のあり方として繋いでいけるか。
その年の検査で病気が出た種類の種子のみに薬剤処理は行われるとのこと。
検査でOKなら処理されないこともある。それには愛を感じられる!
農薬を敵としないこと。
悩んで学んで、腰を据えて悟った感謝の波動は奇跡を起こすでしょう。
姉が犬と話せたり、友達が村長と親戚だったりするこの世界。
奇跡も普通。まだ見たことない世界も普通。

歴史はバトンで、「いまここ」はいつも常に途中。
学ぶごとに意識は更新し、日ごとによりよく選択できるようになってきてる。
大きな負の出来事はよりよい選択のために与えられた切っ掛け。
いまここの途中の自分が想像し得る「完璧」は、次の次元では脱皮した皮かも?
皮は過去の自分のすべて、紡がれてきたすべてに感謝して、次へ。
今の次元における「最高の意識」も、つぎの世界で受け取られずに消えてゆくなら、なにかが「普遍的ではなかった」のだろう…つぎの世界から観れば。

学びを続けていくひとつのバトンでありたい。
時代性てのは、刹那であり流行でもあり、同時にその連綿と続いていく連なり、それそのものこそが人類の営みの本質だと思う。
そうか、時代性てのは他の生物にはない人類にのみ許された遊びなのかも。
動物も植物ももう答えを知ってるかのようだもんね。
彼らのブレなさは時に美しく羨ましいけれど、答えを最初から知ってることは不自由で退屈なのかもしれない。
今ここを、遊びのように自由に学ぶ。イメージはいつも更新する。
「今」の途中の自分が作り上げた「最高」や「完璧」に囚われる必要なんて無いのだ。
もちろん「悪」もまた然り。
みんな学びの最中なのだ。

あとやったこと。
ジャガイモは芽が出ました。来週の植え付けが楽しみ。
モグラのペットボトルを子供たちにペイントしてもらう。
育苗に使うくんたんは地元産のを使うことにしました。地産地消。
里山の椎茸の原木二年ものをもらう。風呂場に置いとけばもう食べれる大きさになるやつ。
すごい野性味!生き抜く事に夢中だった輩はやっぱ違うな。
ほうろく屋の菜種油で天かす作る。宝の山はいくらでもある。
エンドウ、ゴーヤ支柱用の竹を切る。枝払いのコツを得たので楽しい。
できる限り竹でなんでもつくれたらいいのう。
余談ですが、いい長さの竹を探してたとき、「棒に長し襷に短し」ってこういうことか!と思って嫁に熱弁したのですが、本当は「帯に短し襷に長し」だったことに後で気づいたが、まだ本人には訂正していないとか(笑)
タデ科のアカザという草を畑に発見したとき、タデ食う虫は好きずき、なるほど、これを食べる虫はマニアックなやつなのね、とか。

そして昨日。
西尾の優しきサイエンティストがこの世に降ろした日水草活性水をかけた畝のシートを一ヶ月ぶりに外したのですが、ものの見事に草がほとんど消え、「いいから早くなんか植えてくんない?」と言わんばかりの土になってました。
自然農にシフトしてから生ゴミ堆肥の使い方を困っておったのですが、
この活性水をプランターで土と混ぜれば最高の土がどんどんできるなー。
その土を友達にあげてみんなプランターで好きなもの育てる、とかさ。
その後、いろいろ調べてく中で、この菌を使った土壌改良のアプローチ、
自然農の中でも最先端に位置するやり方でした。
液肥としても土壌改良としても体質改善にもてきめんな日水草活性水。
原理は超シンプル。生き物にとっては普通のことでしかない。
そこに「気づいちゃった」「作っちゃった」人がいるてのはおおきなバトンであり、おおきなシフトのひとつなんだろうけど。。。
なんなんだ西尾。すごすぎる。

というわけで俄然楽しみになってきました。
夏は土を作りまくろう!
太陽の季節が本当に楽しみです。
石原慎太郎か!
音楽活動休止宣言から一月過ぎました。
現状報告です。
西尾市の耕作放棄地で畑始めました。

こう在りたいと未来へのイメージを膨らませていくと、(準備が出来てない時にそれは起こる!)それはもうあっと言う間に、素晴らしい志を持つ人々に出会い、家族三人が来るべくして来た感に、時に空いた口が塞がらなくなり、時に深く感謝しながら、両極に引き裂かれる時代の中、揺れる今を楽しみながら家族三人で楽しくチョイスしながら動いてます。
特に、嫁と私の掛け算による引力がすごくバランス良さげなのかも。

あれからモノの見事に全く音楽活動してません、私。(笑)
どこ行くにも三人一緒。
家族と話す内容も一本化したので行動が速い。
気兼ねなく今ここに没頭できるし、説明しなくても理解してもらえてたりする。
こんな世界がすぐそこにあったとは。
自分次第でこんな世界に来れるとは。

畑の状況を。
十年の耕作放棄地。
一体どんな経緯で借りれる事になったのか、説明してると長くなりすぎるので知りたい人は遊びに来て下さい(笑)

村長が菜種を自給するためにばら撒かれてた畑。
約1.5a。およそ162平米。
大まかに耕してあるものの、少し掘り返してみれば出てくる出てくる、謎の枯れ枝、石。
裏は竹林に囲まれてて風のない日はシーン!無音です。
たまに竹林でなにかが羽ばたく音にギョッとします。
風の吹く日は西からが強い。
生えてた草は、ハコベ少し。カラスノエンドウたくさん。その他もろもろ。開墾も含め一年目を楽しむには程よい感じ。
農薬に弱いカラスノエンドウがびっしり、という事はこの土から農薬が抜けてる証。

枝垂れ桜ともみじと梅が植えてある。
季節に咲く花で四季が楽しみ。
夏は草と野菜(笑)
地産地消の竹パウダーが作れる。

開拓中ならではの側面も。
水道なし。
鳥害がすごいとのこと。
土がよくなればモグラも来る。
自然の力を借りて栽培しているということを忘れず工夫すること。
楽しんで克服する。
いつか耕作放棄地の開墾の学びにもなる。

自然農とは放任ではなく、人間が途中で放置して荒れた分を、自然の形に返してゆく作業はまた人間の仕事。
硬い枝と柔らかい草はわけて異なるスピードで分解させる。

一年は土つくりをじっくり。
どう土が変化するか、この山の事を知ること。

余った場所で栽培もしてみる。
もらった早すぎるレタスの苗を植えてみました。
やれる事をひとつずつ丁寧にやる。
それは安心をくれる。
足下が何処かに繋がる感覚。
必ず未来が何処かに繋がる。

マイナスな事がドーン!て起こった時、本来自分はどんな世界に生きたいのか、それまで使ってなかった力を使う。イメージし始める。
言語化しようとする。

TPPも戦争も崖っぷちで最後に存在をかけて生き延びようと必死、資本主義が。
岡山ではついにJAが自然栽培を認めたようで、JAもどうしようもなくなったんでしょうな。
罠かも?でも。
ひとりひとりの選択で本当に状況は変化し始めると思う。

竹やススキは、硬い土にしか生えない。
野菜が育つ柔らかい土には、竹の根は侵入して来れない。枯れちゃう。役割があるのだね。
ひとりひとりが暮らしの中で、選択によって社会全体の営みの土を耕すなら、TPPの根は侵入してこれない。
侵入して来たところで役割を果たせずに「枯れちゃう」!
一家庭一小さな農園を持って、皆で異なる作物を助け合いながら育てれば国産が無くならない。
陰謀論よりもっと前にあるのは、ひとりひとりの暮らし。
今はその戦争バージョンをイメージして見ている。
戦争という硬い根は、どんな土には入って来れないのだろうか?

とにかく無農薬、自然農法の素材は最高に旨い。
まずは、自分を楽しませる事から始める。
小粒大豆で納豆をつくり、ネギを育て、黒ゴマも育てるつもり。
国産、無農薬、無肥料のゴマとネギをガンガン作る!(笑)
それを玄米と自然塩、平飼い卵とたまり醬油で食べるのだ。
自然農法のズボラ飯ほど贅沢なものはない(笑)
嫁にはスナップエンドウやインゲンをたっぷりリクエストされている。
来年は米も試験的にやってみちゃう。
まあ、いろんな説があるという事は全然収穫出来ないということもあるはずなので、
どんな出来事が待ってるのか、楽しみにしてます。
自然の中で、なにを自分が見つめるか、ということ。

カッコいい!
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昨年はありがとうございました。

はじまりはじまり、
theSing2YOU単独公園、musicshower、
カニカニカーニバルワンマンライブ、
ピアノソロライブ、
松井泉学団徳島ライブなどなど、
私らしく、そして皆さんのおかげでとても大きなステージで活動させていただくことが出来ました。

「Gland bleu/鐘」「SAKURA」「平行世界」「Dawn of strange beats in the ordinary town」と異なる四枚の音源をリリースすることができました。

今から四年前、平野文香さんと出会った頃から始めたサポート活動。
素晴らしい人たちと出会い、イメージを現実化してゆく事で世の中に貢献できた四年間でした。
それまでの夢はほとんど叶える事が出来ました。

そんな時に突然ですが、
音楽活動を休止します。

この先十年二十年と生きていく中で、今このタイミングで手にしておきたい事ができました。

家族との暮らしのクオリティをあげたい。

今まで私は、音楽に何を求めるか、という点で、仕事としての音楽と、自分のライフワークとして、という二つを同時に進行させていました。

仕事で音楽をやる。
という事に、ここ数年で幾つもの不自然さが産まれてきていました。
自分にとってアートとは、音楽とは何か、が固まりつつありました。

自分にとってアートに触れて最もワクワクするのは、スタイルではなく、萌芽であったり、心に動く微かな揺れ、それを持つその人なりの空気感、持つ言葉や、世界観から感じられるアートが、いびつであっても不器用であっても、そこにしかない何か。その微かな一点を、育まれた影響や時代性をくぐり抜けて見出し、触れられる一瞬に、美しさを感じてしまうのです。
形でなくても、完成までの永遠の遊び、それがアートでした。

わかりやすく例を出すと、
ひなたが三歳の時、私と二人で「ひのまる」っていう即興おもちゃユニットを結成しました。
おもちゃを並べ、ひなたが気付いたおもちゃを選んで、興味を持つままに鳴らし、私がそれに合わせて即興演奏するユニットです。
ひなたが何をやっても、飽きても演奏するように強制しません。
好きに鳴らしてる音が一番魅力的だからです。
親子という関係だから成立する、今にもほどけそうなほどの激ゆるユニットです。

子どもの集中力というのは、いつおもちゃに興味を持つのか、どのおもちゃに興味を持つのか、いつ飽きるのか、全くわからない。
そこを読む音楽家としての勘も試されるといえばカッコいいのですが、
強制されずに子どもが鳴らす音は緑に似たみずみずしい生命力そのもので、
いわゆる普通の音楽として成立していなくても、音してヤバいし、てゆうな音以外の全ての要素を全部表現としてアリとした場合、音を出さない時も音楽だし、急に辞めちゃっても音楽だし、次の場所へ移動しても、音のことを忘れてしまっても、生き方変えても、全部含めてそれが音楽、といえないだろうか?というのがひのまるのコンセプトだったのですね。

制約なくひなたが楽しくて出した音と、私の音が一緒に重なる瞬間は、宇宙に一個きりの波動で、そこに至るまでの二人の日常と、そこから離れた日常さえも音楽の一部として捉え、てゆうかそっちの方が広大な音楽で、出た音はただの表層、一部。音は日常に還り続いていく、という壮大な構想の実験音楽ユニットなんですよ。ひのまる。ジョンケージも真っ青!

私の音楽活動には誰とやっても必ずそのエッセンスが持ち込まれています。
出会いから音楽は鳴っている。
別れても思い出せるし、いつかまた出逢えるかもと思えるから、音はずっと止まないのです。

それをパッケージして人にやさしく伝えるには、編集とエディットが必要です。
例えば、ひのまるってこんなんですよ、と、私のTwitterフォロワーむけにYouTubeで仕立てるとすると、一分の動画にトリミングするわけです。ひなたと私がフレーム内に収まってる微笑ましげなシーンを。
前後の空気関係なく。

プロの音楽家には、要らないものを削ぎ落としシンプルに表現するスキルが必要です。
勉強、修練も含めて、エディット、わかりやすく伝える、という作業を繰り返し行い、研ぎ澄まされた果てにあるのがビジネスかもと思います。
そこだけを抜き取ってビジネスと呼んでる物も?
それをアートと呼ぶ事もあります。私は全部含めてアートだと思うタイプでして。

エディットも好きですよ。かなり。
ひのまるも、引いて観ればただのカオスだから(笑)その中からどこを掬いあげるか観る人の目線を考えて選ぶのは楽しい。
CDは曲数が決まっていた方が作りやすい。タイトルが決まっていた方が作りやすい。ライブは分数が決まっていた方が、どんなものを求められているかわかった方がやりやすい。

んですが、こうあらねばならない、こうでなくてはいけない、てのがどんどんなくなっていきました。

誰しも才能やアートの萌芽はあります。
プロとはそこを磨き上げ、世の中に個を問える僅かな数の人の事ではないかと。世に言う「才能がある」ってのは、自分をエディットし続けられる人の事ではないでしょうか。

さて、私がそこに行くまでには、削ぎ落とさなくてはならないものがいつも目の前をよぎりました。
家族と一緒にいる時間を削ぎ落としてまで鳴らしたいものなのか俺の音は?とよく考えました。
嫁がご飯を作る音。これ音楽ちゃうん?
ひなたが生きて動いてる。これアートやん?
今この瞬間を溢れるデリートして、東の音楽業界に向かう選択はいつからか私にはありませんでした。

わざわざ東に行かなくても、今ここで鳴らせる。
家族と今出来ることをもっと描きたいとはっきり思いました。

ここから十年、とても世界が大きく動く気配がしています。
自分の中で、それを誤魔化さないと音楽は出来なくなっていました。
心臓が痛くなってライブをキャンセルしたのも募る不安が原因でした。
愛知県の温度。
子どもがいる家庭の温度。
どの未来を選ぶか。
単純に時間の問題だと自分は思います。
病気は生き方を変える切っ掛け。
松井泉学と徳島に行けた事が本当に大きかった。そこで直面できた人々の暮らし。出逢えたことにずっと感謝し続けています。

まずは出来る事から、自分たちで食べるものは自分で作ることを始めようと。
てなわけで農やります。
一年目は32平米の市民農園を借りて、試行錯誤、基本を学んで行こうと思っています。

そして、嫁と一緒に学んでいくと彼女が帆となり劇的な速さで現実化、展開していくのが凄くて、ヤバい人に続々と会えます。
自然農、菌。
ここに楽しさ、喜びがたくさんありそうです。
自然農法はわたしの音楽観ときっと似ていて、いつも感動します。
多品目が土と菌と風と太陽と、役割をもって寄り添う姿は
マホちゃんの絵が思い出されます。
近頃至るところから菌が会いに来てくれてます(笑)
どうもありがとう!

次に行けるのは皆さんのおかげです。
四年前も農をやろうかと思った時がありました。
んが、その時はもっと音楽やれる方法がある気がしていて、農に集中できませんでした。

音楽活動を休止しても、それは身体ひとつだけいう制約があるから、というだけの事で、これからも今も音はずっと鳴ってますし、その時に鳴る音を鳴らせばいいと思えるようになりました。
次また活動を始めるのは何年後かわかりませんが、その時の仲間と鳴らせばいいと思えます。

今期最後のライブは松井泉学とでした。
全く、どんな花向けの言葉よりも一音一音全てを伝えてくるような予想以上のライブをしてくれました。
あんな泉学は誰も見た事がないと思います。
彼の事はわたしが知っている。
それでいいのだと思えました。
好きな音楽もセンスも全く違う二人でしたが、
出逢いから最後の瞬間まで私のアートするに相応しい相手でした。

出逢う人の事を、何処が自分に似てるのか知ることで、いつも自分を点検することができます。

似てたらまた必ず出逢います。
てなわけで四年間ありがとうございました!



松井泉学団の
1stアルバム、
「Dawn of strange beats in the ordinary town」がついに11/10にリリースします!
全七曲、1500円。
収録曲は以下。

1.Envy Nobody
2.夜果てへ発つ刻
3.真夜中のバラッド
4.ブルース!夜明け前
5.遮光カーテン
6.塵に訊け
7.コスモス

ライブでお馴染みの曲を松井泉学の弾き語りと真野文宏の鍵盤中心のシンプルなアレンジで収録。
ROJACK2013の一時審査通過曲、「Envy Nobody」から始まり、
最新曲「コスモス」までを収録した第一期松井泉学団の決定盤。

ジャケットはお馴染みニシムラマホさん。
写真は松井泉学団準構成員として今や居なくてはならない存在となった伊藤隆広くん。裏方でも大活躍してくれてます。二人の洗練された感性が松井泉学の世界の間口を広げてくれてます。

レコーディング、ミックスマスタリングは真野文宏のマノギケン。
2013年は真野文宏「SAKURA」、カニカニカーニバル「平行世界」、そして本作品と、めでたくリリースラッシュとなりました。

本作はライブ会場での定価はなんと驚きの1000円。
音楽ソフトの売上不振、現状における松井泉学団からの回答ということでここはひとつ。

アルバムの情報解禁と共に松井泉学団Officeサイトもオープン。
アルバム曲の視聴、購入予約はこちらまで。

http://www.matsuisengakudan.com


調べたら2012年の二月からレコーディング開始してるのね…!!
続々と新曲も産まれて来ている中、晴れてリリースとなりました。
Webには今後のライブ情報もあります。
是非とも新生松井泉学団をお楽しみに!

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カニカニカーニバルのファーストアルバム完成しました!

カニカニカーニバル
平行世界
十曲入り
¥1500
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収録曲
1.I sea
2.バブルアワー
3.空と海のあいだに
4.磯の岩とのあいだに
5.「I see.」
6.El hombre de Cáncer~カニ座の男
7.Le clou dans le son~ぬカニくぎ
8.ほカニは!?ほカニは!?
...≧[゚▽゚]≦...≧[゚▽゚]≦
9.鍋に揺られてカーニバル
10.なみうちぎわ、みみうちぎわ

☆購入問い合わせはmano2316play@gmail.comまで!

生音とアナログ感を重視したトイサウンドとエレクトロ。
トイピアノの涼しげなサウンド、郷愁を誘うピアニカやアコーディオン、鈴の音、こどもの歌。

サウンドコラージュ、
最も身近な宇宙、セミの鳴き声とディジュリドゥとのジャム、虫の音や波音と足踏みオルガンのセッション、四つ打ち+口琴+モード、変拍子の異界ダンスミュージック、フランス歌謡を彷彿とさせるピアノとアコーディオンの旋律…。

多様なジャンルのカオスとポップを同じ鍋にてごった煮した
「こどもの遊びと大人の遊び」。


ジャケットはもちろんメンバーであるニシムラマホ渾身の特殊アートワーク。ジャケット自体が彼女の作品です。
素晴らしき才能。


以下はセルフライナーノーツ。

タイトルの「平行世界」とは、パラレルワールドの事で、横歩きしかできないカニは平行世界に行っても気付かない、と…。

収録曲は10曲!カニの足は10本!

聴いていただければわかるように、「I see.」
から平行世界へと突入。

私は視た、理解した、その先の世界では
聞き慣れない言葉で語る人々の物語はカニの世界のスペイン語とフランス語か。

(カニ座の男では2013年六月の蟹座と水星の接近についてのフリートークが、ぬカニくぎでは男女の相入れぬ相違についてのカニ女のつぶやきが、逆再生で聞きとる事ができます。)

スペシャルゲストによる素晴らしき演出も楽しめます。

スペシャルゲスト

二谷茉水
川名洋行
柴垣修治
山本麻祐子
二谷啄矢
きひみ(ハマー)けへめ
松井泉学
yuuka sato
三上淳

誰が何処に参加はUSTREAMにて発表!

☆カニカニカーニバル、ワンマンライブを振り返るUSTREAMやります!

日時は9/3(火)14:00~16:00。
内容は「カニカニカーニバルワンマンライブを振り返る」。
カニメンバーとまったりライブ動画視聴、制作秘話、アルバム平行世界解説などなど。ゲストと電話もあり!

番組URLは
http://t.co/H8OivhTKYn
時間になったらこちらへどうぞ!
放送中の質問やコメントはTwitterの@manuonthetv までお気軽にどうぞ!カニメンバーが気さくに答えます!

よろしくどうぞです~!
さて、
真野文宏「SAKURA」ライブも近くなって来ましたという事で。

真野文宏、1st album 「SAKURA」の今更ながらセルフライナーノーツ!

これがジャケ!
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こっちが裏ジャケ!
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実物はいとしの紙ジャケ。
ニシムラマホさんのアートワークが素晴らしい一品です。

今までの音楽活動の中で、自分名義のアルバムを出すなら
どういうものかとずっと考えていたのですが、
結局やっぱり、ピアノになりました。

ライブのMCの空気に合わせて弾くピアノや、
ドローイングの伴奏、朗読との伴奏、ダンスとのコラボの時の伴奏など。
主題である表現に対して、カウンターであった私のピアノを、ソロにしてまとめてみたというのが一番近い。

今回の主題はイラストレーター、ニシムラマホちゃんの桜の絵たちです。
2013年4月20日に犬山swan's cafeで行われたマホちゃんの個展「SAKURA」。
そのサウンドトラックという位置づけ。
もちろん、その位置づけなしでも充分に私自身を表現している八曲になりました。

楽曲制作はタイトルを作るところからスタート。
明確なイメージを最初に欲しかったからで、ここにも主題ありきで膨らませる、私のここ数年のスタンスが反映されています。

「私は誰でもない存在」「いつも気付く」「あの息吹」「喝采」「routine」は私が、
「三羽の鳥」「散る散る満ちる」はマホちゃんが考えたタイトル。
マホちゃんの絵から貰ったタイトルもあります。
そのタイトルの楽曲達を一曲ずつ即興で録音して行きました。
曲順も決め、マホちゃんとイメージの話し合いを重ねながら、四時間くらいで8曲完成。

ここからはひとり修正作業。
midiという編集機能を使ってグルーヴやタッチなど補正。
今の自分にしか出せない味、テイストも含めて、即興の良さとバランスをとりつつ完成系を目指しました。
曲自体は最初のテイクのまま、
散る散る満ちるの長~いラリーも、面白かったのでそのまま。
喝采は長く録り過ぎたので後半部分だけ使ってます。

曲名からここまでで4日。(そもそもイベントの四日前に作業を始めたということでしかない)
そしてリリース。


音源はこちらのピアノ音源を使っています。
RHODES Premier
やってみてわかったのはサンプリング音源て弱音をたくさん重ねた時のホワイトノイズが結構あるのね。
それも「SAKURA」らしさとして貢献出来たらと。

完成後は参加する各種イベントに持って行きました。
栄ミナミ関連、swan's cafe関連。
theSing2YOUの単独公園にお目見えしたり。
サポートの私のCDまで購入してくださる皆様には本当に感謝の言葉もありません。

そして、来たる8/16(金)はいよいよ「SAKURA」の楽曲を使っての真野文宏ソロライブ。
クラシックバレー、コンテンポラリーダンスを得意とする滝瀬麻衣さんと、プライナス時代からの仲間、鈴村由紀さんを迎えて、「SAKURA」の世界をナディアパークアトリウムで表現します。
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滝瀬さんを女性、鈴村さんを男性に見たてて、一曲ずつにテーマを持たせての演目。
夏っぽい新曲も作りました!
こないだダンスリハして来ましたが、個性が連なりあう有機的なセッション。
自分の作品という事もあって、実に感動的でありました。
この瞬間のために音楽やって来てよかったな~(涙)とまで。

この日だけのスペシャルライブ。是非とも!