チトラの八方塞の抜け道の1年間(9) | チトラのブログ

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◆ 母の肺の腺がん ◆ 大きさステージⅣa 転移ステージⅡ 1010年9月28日判ったです ◆
肺の腺がん2020年9月16日に確定、2020年10月19日から初めての抗がん剤治療入院~翌月11月5日17時19分天国へ★あまりに急変で、置いて逝かれちゃった

私は、猫寺(今は寺は有りますが、住職が亡くなってから、タダの寺になりました。)から、私の顔と同じように、化け物のようにデコボコに腫れ上がった見るからに、恐ろしい顔の薄汚い白い犬じゃあナイかと思う位の大きな猫を借りて家に帰りました。

そしてN夫を私は、家に呼びましたが、N夫は玄関で入るのをチュウチョしているのが分り私は、そちまで行かれないから来てくれとハッパを掛けてやるとN夫は恐る恐る私の居る方に来て、私を見てギョットして後退りして、まーままま、どどどうしたの、その顔は、私はN夫を見て、シテヤッタリN夫は、私を見て何が始まったんだっと、言う恐怖で小刻みに震えているのが分り、それを見て私は燃えるような嬉しさを感じた。

そして、私は、N夫に言ってやった、私は、もう付き合いたく無い、側に近づくな診断書も取った、お前に遣られたて警察に何時でも訴える事が出来るんだよ。

N夫は、顔面蒼白になって、私の言葉を聞き終わって、から私にN夫は、それは何だと、オリに入った猫を指をさしたので、私は、猫の顔がN夫によく見えるように、してN夫に言ってやりました。

私コレカラ猫を飼う事にしたの、この他にも、沢山飼う心算と言うと、N夫は、もう何も言わず帰った。

あーやっと、これで話が付いたと、私は、ホットしたのも束の間でした。

N夫を私は、猫を出した事で、N夫をネズミにしてしまいました。

猫に狙われたネズミが最後の一撃に転じると言う窮地に追い込んでしまい、N夫の逆襲が始まった。

うーん、まずい事になちゃったなー何か巧い方法は無いかな、と考えようとしても、N夫の捨て身の脅しの入った嫌がらせが延々と続き中々良い考えが浮かばず、私は、実家に逃げた、そして毎日、前夫Kから電話が有り、構わないからN夫を警察に訴えろと再三、言われたが、私には、食堂をやらないかと、言う話も有り、こんな事が分ったら出来ないじゃあ無いかとゆう思いも有って考えている最中に、N夫の嫌がらせが実家にも及び掛けて来たので、私は、子供を連れて熱海の有るホテルに逃げそこで、この結末をどう付けるか、考えました。

N夫に猫を出してこんな結果になったんだから、今度は何をヤツにブツケレバN夫がオトナシクなり私の前から引下るか考えた時、N夫の母親を思い出した、N夫が母親思いの優しいヤツだと思い出したとき、あっこれは簡単に話が付く事が分り、私は、子供を連れて家に帰り、N夫の母に連絡して、N夫に謝りたい、私に何かがトリツイテしまい、N夫婦にトンデモナイ事を遣ってしまったようで、私の母と其方に謝りに行きたいとN夫の母に言うと、N夫の母も私からの連絡を待っていたように、N親もN夫婦に私に近づくな、今あの人には、恐ろしい魔が付いている、何をするか分らないと、言って来たが間に合わなかったですねえと、こうなる事が分っていたようでした。

そしてN親の家でN夫婦とN親に私と母は謝り、私の母も私の事を日に日に何かに採りつかれたように、オカシクなって行き心配していた矢先にこんな事に申し訳ないと謝り話は、付いたが、その後もN夫は、N母に私に近づくなと言われているにもカカワラヅ私に近寄ろうとした時から、私の家の周りから、2階に上がる表階段まで、何所から来たのかとゆうより、まるで湧き出て来たかのようにノラ猫でウメツクサレタようになり、N夫も私に近づけ無くなり、何所かに越して行った。


今は、N夫婦とは、昔の事は、お互いに綺麗に水に流し会えばお互いに軽い冗談を言えるようになりました。